
時が流れ、エメリアが五歳になった頃、兄のロランは十歳の誕生日を迎えた。この世界では、十歳になった子供は皆、「天啓の儀」を受けることになっている。神々から授けられるというその儀式で、一人ひとりが特別な「スキル」を得るのだ。ロランは、その日をずっと心待ちにしていた。
儀式は、村の中心にある古びた神殿で行われた。エメリアと両親、そして幼いルークも、ロランの晴れ姿を見守るために神殿へと足を運んだ。厳かな雰囲気の中、神官が祈りを捧げ、ロランは神聖な祭壇の前に立った。やがて、祭壇に置かれた水晶が淡い光を放ち、その光がロランを包み込んだ。
数分後、光が収まると、神官が厳粛な声で告げた。
「ロラン・ヴァーノンよ、汝に授けられしは、『至高の調理(スプレム・キュイジーヌ)』のスキルである!」
「至高の調理…!」
母親が感嘆の声を漏らした。父親も、驚きと喜びの表情でロランを見つめている。ロラン自身も、まさか料理のスキルだとは思っていなかったようで、目を丸くしていた。
家に帰ると、家族総出でロランのスキル獲得を祝う宴が催された。食堂のテーブルには、いつもより豪華な料理が並べられ、賑やかな笑い声が響き渡る。
「ロラン、おめでとう! すごいスキルだね!」
エメリアは、きらきらした目で兄を見上げた。ロランは照れくさそうに頭を掻いた。
「うん。まさか料理のスキルだなんて思わなかったけど、父さんの店を継ぐにはぴったりだよな!」
「そうだな! これからはお前の時代だ!」
父親が豪快に笑い、ロランの肩を叩いた。
宴もたけなわの頃、隣に住むリーアム一家が、お祝いの品を持って顔を出してくれた。リーアムおじさんは、がっしりした体格でいつも笑顔が絶えない。その妻のアイリーンおばさんは、優しくて料理上手だ。そして、ロランと同い年くらいの息子、フィンと、エメリアとルークによく似た歳の娘、ミアも一緒だった。
「ロラン君、スキル獲得おめでとう! これで立派な大人への第一歩だね!」
リーアムおじさんが、ロランの頭をわしわしと撫でた。
「ありがとう、おじさん!」
「それにしても、『至高の調理』か。羨ましいねぇ。うちのフィンなんて、まだ何を授かるかドキドキしてるんだから」
アイリーンおばさんが、フィンをちらりと見て笑った。フィンは少し恥ずかしそうに俯いている。
賑やかな会話の中で、エメリアはふと疑問に思ったことを口にした。
「ねぇ、おとーさんとおかーさんは、どんなスキルなの?」
エメリアの問いかけに、両親は顔を見合わせて微笑んだ。
「そうねぇ、エメリアにはまだ話してなかったわね」
母親が、エメリアの頭を優しく撫でた。
「お母さんのスキルはね、『豊穣の恵み(ファータイル・グレイス)』っていうのよ」
「ほうじょうのめぐみ?」
エメリアは首を傾げた。
「そう。このスキルのおかげで、私たちの畑はいつもたくさんの野菜が育つの。食堂で使う野菜は、ほとんど自分たちで作ってるのよ」
母親は誇らしげに言った。エメリアは、食堂で食べる美味しい野菜が、母親のスキルのおかげだと知り、目を輝かせた。
次に、父親が口を開いた。
「俺のスキルは、『鋼の匠(スチール・マスター)』だ」
「はがねのたくみ?」
「ああ。これで、頑丈な調理器具や、時には家の修理なんかもできるんだ。お前が使っているあのフライパンも、俺が作ったものだぞ」
父親は、得意げに食堂の壁にかかった大きなフライパンを指差した。エメリアは、普段何気なく目にしていたものが、父親のスキルで作られたものだと知り、驚いた。
両親のスキルを知って、エメリアは胸が高鳴った。スキルは、ただ授かるだけではない。両親のように、それを活かして人々の役に立ち、生活を豊かにできるのだ。ロランも、きっとこのスキルで、今よりもっと美味しい料理を作れるようになるだろう。
「ロラン兄ちゃん、それで、もう美味しいお料理作れるの?」
エメリアは、目を輝かせながらロランに尋ねた。ロランは苦笑いして答えた。
「いや、それがそう簡単にはいかないんだ。神官様も言ってたけど、スキルはあくまで『可能性』なんだって。これをどうやって使いこなすか、どうやって伸ばしていくかは、これからの努力次第だってさ」
「そっかぁ…」
エメリアは少しがっかりしたが、すぐに気を取り直した。それでも、ロランはきっと、最高の料理人になるだろう。
自分も早く十歳になって、天啓の儀を受けたい。どんなスキルが授けられるのだろう。そして、そのスキルで、どんなことができるようになるのだろう。エメリアの心は、未来への期待でいっぱいになった。食堂の賑やかな声と、家族の温かい笑顔に包まれ、エメリアは自分のスキルを夢見るのだった。