第3話. 幼い言葉と新しい命

2025年7月8日

エメリアがこの世界に生を受けてから、およそ三年という月日が流れた。彼女の成長は早く、今ではたどたどしいながらも言葉を紡ぐことができるようになっていた。まだ完璧な文にはならないが、彼女を取り巻く愛情深い家族には、その幼い言葉がしっかりと届いていた。

「にいちゃ、おはよ!」

朝、目を擦りながら起き上がると、隣で寝ていた兄のロランに、エメリアはにこりと微笑みかけた。ロランはもう八歳になる。以前と変わらず、エメリアのことを心から可愛がってくれる、優しくて頼りになる兄だった。

「おはよ、エメリア! よく眠れた?」

ロランはエメリアの頭を優しく撫でながら答える。ロランの手は少しごつごつしていて、埃っぽい匂いがする。多分、いつも父さんの手伝いをしているからだろう。

「うん! いっぱいねんねした!」

「ははは、それはよかった。今日も一緒に遊ぼうな」

ロランはそう言うと、エメリアを抱き上げて、台所へと向かった。

「おかーさん、エメリア起きたよ!」

「あら、もう起きてきたの? 早いわね」

母親が、温かいスープの匂いを漂わせながら、二人を出迎える。台所には、香ばしいパンの匂いが満ちていた。

「エメリア、パン、食べる?」

母親が差し出す焼き立てのパンを、エメリアは両手で掴み取る。まだ熱いパンをかじると、口の中にふんわりとした甘さが広がる。この家の食事はいつも美味しかった。

「おかーさん、ねぇ、赤ちゃん、いつくるの?」

パンを頬張りながら、エメリアが尋ねた。彼女の問いかけに、母親と父親、そしてロランの顔に優しい笑顔が浮かんだ。母親のお腹は、もうずいぶん大きくなっていた。

「もう少しよ、エメリア。お腹の中で、一生懸命大きくなってるんだから」

母親はそう言って、大きくなったお腹をそっと撫でた。エメリアも真似て、母親のお腹に手を当ててみる。ほんのりとした温かさが伝わってきた。中に、新しい命がいるのだ。

「ぼくも、すっごく楽しみだよ! 男のこだと思う?」

ロランが興奮した様子で母親に尋ねる。

「さあ、どうでしょうね。男の子でも女の子でも、元気ならそれが一番よ」

母親は朗らかに笑った。

家族みんなで、新しい命の誕生を心待ちにしていた。父親は、毎日、母親の体調を気遣い、重い荷物を持たせようとしない。ロランも、家事を手伝ったり、エメリアと遊んでくれたりして、母親の負担を減らそうと努めていた。

「おとうさん、あかちゃん、お名前、決めた?」

ある晩、食卓でエメリアが尋ねた。

「ああ、いくつか考えているさ。お前が生まれた時も、みんなで考えたように、良い名前を考えている」

父親は優しい眼差しでエメリアを見つめた。エメリアは、自分の名前が「エメリア」であることを知っていた。それは、父さんと母さん、そしてロランが、自分を思ってつけてくれた大切な名前だと教えてもらっていたからだ。

「きっと、可愛い弟か妹だよな、エメリア」

ロランが、にこにこしながら言った。

「うん! あそぶ!」

エメリアは、元気よく頷いた。新しい家族が増えることが、彼女にとっては何よりも楽しみだった。まだ見ぬ弟か妹と、どんな遊びができるだろうか。どんな顔をしているだろうか。想像するだけで、胸がわくわくした。

やがて、その日が来た。朝から母親の様子がおかしいことに、エメリアは気づいた。いつもと違う、少し苦しそうな顔をしている。

「お母さん、だいじょぶ?」

エメリアが心配そうに母親の服を引っ張ると、母親はかすかに微笑み、父親が慌てた様子で村の助産師を呼びに行った。

その日一日、家の中は普段とは違う緊張感に包まれていた。エメリアとロランは、父親に言われて、静かに食堂の奥の部屋で待っていた。時折、母親の苦しそうな声が聞こえてくる。

「おかーさん…だいじょぶかな…」

エメリアが不安そうにロランの服を握りしめる。

「大丈夫だよ、エメリア。お母さんは強いから。もう少ししたら、きっと赤ちゃんに会えるからな」

ロランはそう言いながら、エメリアの小さな体をぎゅっと抱きしめた。兄の温かさと、頼りになる言葉に、エメリアの不安な気持ちは少し和らいだ。

どれくらいの時間が経っただろうか。長い長い時間が過ぎたように感じられたその時、家の中に、か細いけれど、はっきりと響く声が聞こえた。

「おぎゃあ! おぎゃあ!」

その声に、エメリアとロランは顔を見合わせた。そして、同時に大きな声を上げた。

「「産まれた!」」

喜びと安堵が、幼い二人の心を満たした。新しい命が、この家に仲間入りしたのだ。