第13話. 椅子と未知の金具


天啓の儀を受けてからというもの、エメリアの頭の中は常に二つの世界の知識で満たされていた。特に、自身に授けられた『改造』スキルをどう使うか、日々思案を重ねていた。手始めに目をつけたのは、食堂の隅で少しガタつき始めた木製の椅子だ。

(この椅子を、どうすれば「改造」できるんだろう?)

エメリアは椅子の周りを回り込み、触れてみたり、持ち上げてみたりした。前世の知識では、機械を分解したり、部品を組み合わせたりして「改造」を行うのが一般的だった。しかし、このスキルは道具も使わず、ただ念じるだけで何かが変わるのだろうか? あるいは、特別な素材が必要なのか?

数日が経っても、明確な答えは見つからない。いくら椅子を見つめても、手が光り出すことも、椅子の形が勝手に変わることもない。

(うーん、やっぱり「改造」っていうのは、もっと具体的なものに使うのかもしれないな…)

そう考えたエメリアは、ふと前世の知識で学んだ、もっと単純な椅子の補強方法を思い出した。

(そうだ、L字型の金属を使えば、簡単につなぎ目を補強できるはず!)

椅子がガタつくのは、木材のつなぎ目が緩んでくるからだ。L字型の金具を角に打ち付ければ、強力に固定できる。この世界にも木材の家具はあるのだから、きっと金属を扱う店もあるはずだ。

「お父さん、ねぇ、お願いがあるんだけど」

ある日の昼下がり、エメリアは食堂で帳簿をつけている父親に声をかけた。

「どうした、エメリア?」

「あのね、この椅子の足がちょっとガタガタするでしょ? これ、もっと丈夫にするものって、ないかな?」

エメリアは、問題の椅子を指差した。父親は椅子を揺らし、眉を寄せた。

「ああ、確かに少し緩んできたな。そうだなあ、木を削って楔を打ち込むか、新しい木材で補強するか…」

「あのね、Lの字みたいに曲がった金属で、ここをカチッと固定するのって、できないかな?」

エメリアは、指でL字の形を作り、椅子の角を指差しながら説明した。父親は首を傾げた。

「Lの字の金属…? そんなものは聞いたことがないな。金具ならいくつか種類があるが、そんな形のものは使ったことがないぞ」

「そうなんだ…でも、もしかしたら、金属を扱うお店に行けば、作ってくれるかもしれない!」

エメリアは、希望に満ちた目で父親を見上げた。父親は、娘の熱心な様子に、苦笑しながらも頷いた。

「そこまで言うなら、行ってみるか。村の入り口の近くに、鍛冶屋があるだろう。そこの親父なら、色々な金属を扱っているはずだ」

翌日、エメリアは父親に連れられて、村の鍛冶屋を訪れた。店の中は、金属を叩くカンカンという音と、熱い鉄の匂いで満ちていた。屈強な体格の店主が、汗を光らせながら炉の前に立っていた。

「いらっしゃい! 何か用かい?」

店主が、大きな声で二人を迎えた。

「親父さん、うちの娘が、ちょっと変わった金具を探しているんだが…」

父親が事情を説明すると、店主は不思議そうな顔でエメリアを見た。エメリアは、持ってきた小さな木炭と紙を取り出し、L字型の金具の絵を丁寧に描いて見せた。

「こんな形の金属が欲しいんです! それと、これを止めるための、短い釘も!」

店主は、エメリアの描いた絵を見て、さらに首を傾げた。

「ふむ、これはまた、変わった形だねえ。こんな金具は、今まで見たことも作ったこともないが…一体、何に使うんだい?」

「椅子の補強に使うんです! これがあれば、もっと丈夫になると思うの!」

エメリアは、目を輝かせながら説明した。店主は、半信半疑ながらも、エメリアの熱意に押されたのか、顎に手を当てて考え込んだ。

「なるほど…。まあ、確かに作れなくはないが、手間はかかるぞ。それに、こんな小さな釘も、わざわざ作るのか?」

「はい! これくらい短いのがいいんです!」

エメリアは、親指と人差し指で短い長さを表した。鍛冶屋の店主は、少し呆れたように笑った。

「分かった、分かった。面白いから、やってみようじゃないか。L字型の金具をいくつか、それと、その短い釘を数本作ってやるよ。釘は、似たようなものがいくつかあるが、これよりもう少し小さくすればいいか」

「はい! お願いします!」

エメリアは、心から感謝の気持ちを込めて頭を下げた。

「だが、手作業だから、少し時間がかかるぞ。三日後にまた来な」

「ありがとうございます! 楽しみです!」

鍛冶屋を後にしたエメリアの足取りは、いつになく軽かった。スキルが使えなくても、前世の知識で工夫をすれば、身近なものをより良くすることができる。三日後には、椅子の補強金具と、それに合う釘が手に入る。椅子がどれだけ丈夫になるか、そしてもしかしたら、この経験が『改造』スキルに繋がるヒントになるかもしれない。エメリアの心は、新しい発見への期待でいっぱいだった。