第14話. 補強された椅子と小さな一歩

三日後、エメリアは父親と一緒に、約束通り鍛冶屋を訪れた。店に入ると、鍛冶屋は笑顔で迎えてくれた。
「やあ、待っていたよ。例の金具、ちゃんとできてるぜ」
鍛冶屋が差し出したのは、エメリアが描いた通りのL字型の金属金具と、細くて短い釘だった。手のひらに乗せると、ずっしりとした重みがあり、頑丈そうなつくりをしている。
「わあ、すごい! ありがとうございます!」
エメリアは目を輝かせた。想像していた通りのものができていて、胸が高鳴る。父親がお金を支払い、金具と釘を受け取ると、鍛冶屋は呼び止めた。
「お嬢ちゃん、その椅子、うまく直ったら、ぜひ見に行くよ。こんな珍しい金具、本当に役に立つのか、この目で確かめてみたいもんだ」
「はい! ぜひ見に来てください!」
エメリアは元気に答え、父親と一緒に鍛冶屋を後にした。
家に帰り着くと、エメリアは早速、椅子の補強に取り掛かった。ロラン兄さんが城から帰ってきているので、普段より賑やかな食堂だが、エメリアは邪魔にならないよう隅で作業を始めた。
(さて、どうやって釘を打とう…)
この家には、木材を叩くための木槌しかなかった。前世では、釘を打つための専用の金槌があったが、この世界ではまだ鍛冶屋でしか見たことがない。直接木槌で釘を打てば、木槌が傷んでしまうかもしれない。
エメリアはあたりを見回し、棚の奥から使っていない厚めの金属の板を見つけた。
(そうだ、これを間に挟んで打てば…!)
金属の板を釘の頭に当て、その上から木槌で叩けば、釘がまっすぐ木材に入っていくだろう。前世では釘を打った経験など一度もなかったため、少し不安はあったが、やってみるしかない。
「お父さん、ちょっと手伝ってくれる?」
エメリアは、食堂で客の注文を受けている父親に声をかけた。父親は、少し手が空くと、すぐにエメリアの元へ来てくれた。
「どうした、エメリア?」
「このL字の金具を、ここに付けたいんだけど…」
エメリアは、L字金具を椅子のつなぎ目に当て、釘を挿す場所を指で示した。
「なるほど、こうやって補強するのか。面白いな」
父親は感心したように頷き、L字金具をしっかりと押さえてくれた。エメリアは、金属の板を釘の頭に当て、木槌をゆっくりと振り下ろした。
トントン、と鈍い音が響く。
一本目の釘は、少し斜めになってしまったが、父親が器用に木槌の側面で叩き直し、まっすぐにしてくれた。それからは、父親のサポートもあり、順調に作業が進んだ。一本、また一本と釘が打ち込まれていき、L字金具がしっかりと椅子に固定されていく。
「よし、これでどうだ!」
最後の釘が打ち終わり、エメリアと父親は、完成した椅子を動かしてみた。
「おぉ! 全然ガタつかないぞ!」
父親が驚きの声を上げた。椅子は、まるで新品のように安定している。エメリアも、自分の手で完成させたことに、大きな達成感を感じていた。
その時、エメリアの脳裏に、まるで光が灯るように、ある感覚が走った。それは、天啓の儀の時に感じた感覚と似ていたが、もっと穏やかで、確かなものだった。
(これ…スキルが、アップした…?)
「なんだ、なんだ? エメリア、すごいじゃないか!」
ロランが厨房から顔を出し、補強された椅子を見て目を丸くした。
「エメリアが、新しい金具を考えたんだ! なかなかやるだろう?」
父親が、誇らしげにロランに話した。
「へえ、すごいなエメリア! これなら、他の椅子も全部これにすれば、ずっと使えるな!」
ロランも感心した様子で椅子を揺らしてみた。
その日の夕方、食堂が一段落した頃、鍛冶屋がひょっこりと顔を出した。
「やあ、親父さん。例の椅子、どうなったかと思ってな」
鍛冶屋は、興味津々といった様子で食堂を見回した。
「おお、鍛冶屋さん! ちょうどよかった! ほら、これを見てくれ!」
父親が、補強された椅子を鍛冶屋の前に差し出した。鍛冶屋は椅子を手に取り、ガタつきがないことを確認すると、目を大きく見開いた。
「こいつは…! 本当にガタつかない! まるで新品のようだ! お嬢ちゃん、あんた、とんでもないものを考え出したねえ!」
鍛冶屋は、心底驚いた様子でエメリアを見た。エメリアは、褒められて少し照れながらも、嬉しそうに頷いた。
「そうだな! よし、他の椅子も全部、この金具をつけて補強しよう! 鍛冶屋さん、悪いんだが、この金具、あと何個か追加で頼めるかい?金槌もあれば頼みたい。あまり重くないやつをな」
父親が、その場で鍛冶屋に直接注文を持ちかけた。鍛冶屋は笑顔で頷いた。
「ああ、いいとも! こんなに役に立つものなら、喜んで作らせてもらうよ!金槌は使い古しだが軽いのがあったから、お嬢ちゃんにプレゼントさせてもらうな」
自分のアイデアが家族に認められ、すぐに次の仕事へと繋がったことが、何よりも嬉しかったエメリア。この小さな一歩が、きっと『改造』スキルを理解し、使いこなすための大きな道に繋がっていく。エメリアは、そんな予感に胸を膨らませていた。