第16話. 鍛冶屋の申し出と新たな可能性

L字金具の評判は、あっという間に村中に広まった。ダクレスの鍛冶屋には連日、金具を求める客が訪れ、エメリアのアイデアは、村のちょっとした発明として話題になっていた。エメリア自身も、自分の工夫がこんなにも多くの人々に喜ばれることに、改めて大きな喜びを感じていた。
そんなある日のこと。 食堂が昼の賑わいを終え、家族で遅い昼食をとっていると、入口の戸がコンコンと叩かれた。顔を上げると、そこに立っていたのは、ダクレスだった。彼は普段着ではなく、少しばかりきちんとした身なりをしており、いつもの威勢のいい声ではなく、どこか改まった様子だった。
「やあ、親父さん、お嬢ちゃん、少し時間をいただけるかい?」
ダクレスは、いつもとは違う真剣な表情で、食堂の中へと入ってきた。父親は不思議に思いながらも、彼をテーブルへと招いた。エメリアも、何事かと首を傾げながら、彼を見つめた。
「どうしたんだい、ダクレス親父さん。何か急ぎの用でも?」
父親が尋ねると、ダクレスは一度咳払いをしてから、ゆっくりと話し始めた。
「実はな、先日作ってもらったL字金具のことなんだが…おかげさまで、評判は上々で、今ではうちの目玉商品になってる。ありがたいことだ」
ダクレスは、エメリアに目を向け、深々と頭を下げた。
「お嬢ちゃんのおかげだよ。まさか、あんな小さな金具が、これほど人の役に立つとはな。本当に感謝している」
エメリアは、急に頭を下げられて戸惑ったが、「いえ、そんな…」と小さく答えた。
「それでな…これは私だけの考えじゃない。近隣の村の鍛冶屋仲間とも話したんだが…」
ダクレスは、少し間を置いて、真剣な眼差しでエメリアを見た。
「お嬢ちゃん、もしよければ、うちの鍛冶屋で働いてみないか?」
その言葉に、食堂にいた全員が息を呑んだ。父親も母親も、そしてロランも、驚きのあまり目を見開いている。まさか、鍛冶屋からそのような申し出があるとは、誰も想像していなかったのだ。
ダクレスは続けた。
「もちろん、まだ子どもだから、すぐに炉の前に立てとは言わない。だが、お嬢ちゃんのその発想力…物をより良くする、その才能は、並々ならぬものがある。うちで働きながら、もっと色々な金属や道具に触れて、その知識を深めてほしいんだ」
彼の言葉には、エメリアの持つ潜在能力に対する、純粋な期待と尊敬が込められていた。
「給金もきちんと出す。もちろん、食堂の手伝いもあるだろうから、無理のない範囲で構わない。どうだろうか?」
エメリアは、突然の申し出に、戸惑いを隠せないでいた。食堂の手伝いは好きだし、家族と離れるのは寂しい。しかし、L字金具を作り、人々が喜ぶ顔を見た時のあの感覚、そしてスキルがアップしたという実感。あれは、ただ食堂で料理を手伝っているだけでは得られないものだった。
『改造』スキル。それは、まさに今、目の前でダクレスが言っている「物をより良くする才能」そのものではないか。鍛冶屋という場所は、金属や道具、様々な素材に溢れている。そこで働くことは、自分のスキルを理解し、磨いていく上で、これ以上ない機会のように思えた。
エメリアは、ダクレスの真剣な目と、驚きながらも彼女の返事を待つ家族の顔を交互に見た。彼女の心の中で、新たな可能性への扉が、ゆっくりと開き始めていた。