第29話. 囁きと、新たな仮説

夜が明け、朝の光が食堂の窓から差し込む。エメリアは寝床で目を開けたが、昨夜の鍛冶屋での出来事が、まるで夢のように、しかし鮮明に頭の中に残っていた。あの、唐突に響いた「声」。
《…熱、そして…》
その言葉の断片が、何度も脳裏で繰り返される。あれは一体何だったのだろうか。疲労による幻聴だったのか、それとも、自分の『改造』スキルが、新たな段階へと進化した証なのだろうか。
(熱…そして…? 何が続くんだろう…)
エメリアは、その言葉の続きを必死に思い出そうとしたが、どうしても掴めない。しかし、その声がミーア鉱の加工に必要なヒントであるという確信だけは、強く胸の中にあった。
朝食の席で、トーマスとエルアラは、少し心配そうな顔でエメリアを見た。
「エメリア、昨日は遅くまでご苦労様だったね。ダクレスさんも、ずいぶん熱心だと褒めていたよ」
トーマスが優しく声をかけた。
「ええ、でもあまり無理はしないでおくれ。あなたの体が一番大切なんだからね」
エルアラも、温かいスープを差し出しながら言った。
「うん、大丈夫! ありがとう、お父さん、お母さん」
エメリアは笑顔で答えたが、心の中では、二人の心配をよそに、ミーア鉱への探求心がますます燃え上がっていた。
そして、五日後。再び鍛冶屋へ行く日。エメリアは、胸の高鳴りを抑えきれないまま、ダクレスの店へと向かった。
「ダクレスさん! 昨日、私、またミーア鉱について考えたんです!」
店に着くやいなや、エメリアは興奮気味に言った。ダクレスは、いつものように彼女の言葉に耳を傾ける。エメリアは、昨夜聞こえた「声」のことまでは話さなかったが、その声から得た漠然とした感覚を、具体的な仮説としてダクレスに伝えた。
「ミーア鉱は、ただ熱して叩くだけじゃなくて、『熱』の後に、何か『特別な冷却』が必要なんじゃないかって。それも、ただ冷やすだけじゃなくて、特定の温度まで一気に冷やすとか、逆にゆっくり時間をかけて冷やすとか…」
エメリアの言葉に、ダクレスの目が輝いた。
「特別な冷却、か! なるほど…確かに、鉄の焼き入れでも、水や油で冷やすことで性質が変わる。ミーア鉱も、同じような性質を持っているのかもしれないな!」
ダクレスは、すぐにその仮説を試すことに同意した。彼らは、ミーア鉱をこれまでと同じように熱した後、様々な方法で冷却を試みた。冷たい水に一瞬だけ浸す、湿った布で包む、冷たい石の上に置く、空気中で自然に冷ます…。
失敗は続いた。ミーア鉱は、依然として頑固だった。しかし、エメリアの『改造』スキルは、特定の冷却方法を試すたびに、これまでよりもはっきりと反応するようになった。それは、まるで「近づいている」「もう少しだ」と教えてくれているかのようだった。
そして、その日の作業の終盤。彼らが、熱したミーア鉱を、ダクレスが普段使っている、水と油を混ぜた冷却槽に、これまでとは違うタイミングで浸した時だった。
「…っ!」
エメリアは、思わず息を飲んだ。ミーア鉱から、ごく微かだが、これまでとは異なる「音」がしたのだ。それは、金属が内部で構造を変える際に発するような、微細な響きだった。
ダクレスも、その変化に気づいたようだった。彼がミーア鉱を取り出し、軽く叩いてみると、これまでのような硬い跳ね返りではなく、ほんのわずかだが、粘りを感じさせるような手応えがあった。
「これは…! お嬢ちゃん、やったぞ! 確かに、これまでとは違う!」
ダクレスの顔に、興奮と喜びが広がった。
エメリアもまた、その小さな変化に、大きな手応えを感じていた。あの「声」が指し示した「熱、そして…」の「そして」の部分が、この「特別な冷却」だったのだ。彼女の『改造』スキルは、やはり彼女に真実を教えてくれていた。
ミーア鉱の加工への道は、まだ始まったばかりだ。しかし、エメリアは、自分のスキルと、ダクレスとの協力によって、この世界の未知の可能性を切り開いていけるという確かな予感に満たされていた。