第76話.試作機の波紋と、王都の期待

エドワードの工房で完成した試作型の小型浄化装置は、ロッシュ先生とエメリアを大いに喜ばせた。三段に重ねられた陶器の壺は、見た目は簡素だが、その内部にはエドワードの緻密な職人技と、エメリアの「閃き」、そしてロッシュ先生の科学的知見が凝縮されていた。汚水を流し込むと、各層の「特別な土」を通過するたびに浄化が進み、最終的には悪臭のない水となって流れ出る。

「これで、王都の各家庭にこの仕組みを導入できる! 排泄物を溜めておく不衛生な壺から解放される日が来るのだ!」

ロッシュ先生は、興奮冷めやらぬ様子で、その試作機をグレン校長レナード領主に見せることにした。

校長室に運び込まれた小型浄化装置を前に、レナード領主は興味深そうに目を凝らした。ロッシュ先生が、水差しで汚水を模した液体を装置に流し込むと、一同は静かにその行方を見守った。やがて、一番下の壺から、悪臭を全く感じさせない透明な水がちょろちょろと流れ出てきた。

「これは……! 見事だ、ロッシュ先生! まさか、これほどまでにコンパクトな装置で、あの『奇跡の土』の力を引き出せるとは! エメリア、そしてエドワード殿にも、心から感謝する!」

レナード領主は、試作機から流れ出る水を指で掬い、匂いを確かめ、その効果に感嘆した。彼は、この装置が王都に与える影響の大きさを瞬時に理解した。

この小型浄化装置は、「奇跡の土」の力を場所を選ばずに活用できるという、王都の衛生環境改善に向けた大きな一歩だった。レナード領主は、この装置の量産を直ちに命じ、まず最初に、王都の学校のトイレに試験的に導入することを決定した。

学校のトイレに小型浄化装置が設置されると、生徒たちの間では大きな話題となった。 「見て! トイレのあの嫌な匂いが全くしない!」 「本当に不思議だ。あの土と、この壺のおかげなんだってさ!」

最初は半信半疑だった生徒たちも、悪臭のない清潔なトイレを前に、その効果を実感した。この噂は、瞬く間に王都中に広まっていった。パン屋の店主、市場の商人、そして一般の平民たちも、学校のトイレが清潔になったという話を聞きつけ、この「奇跡の装置」への期待を高めていった。

「私も、台所の生ゴミを何とかしたいから、この装置を家にも置きたい!」 「うちの工房の排水溝も、これがあれば臭いがなくなるだろうか?」

人々の間には、**「奇跡の土」**がもたらすであろう、より快適で衛生的な生活への希望が芽生え始めていた。

エメリアは、学校の廊下を歩きながら、生徒たちのそんな声に耳を傾けていた。彼女の「閃き」と、ロッシュ先生の探求心、そしてエドワードの技術が、多くの人々の心を動かし、暮らしを少しずつ変え始めている。その事実に、彼女は静かな喜びを感じていた。

しかし、エメリアの頭の中には、次の課題も浮かんでいた。 「この装置から流れ出た水は、確かに悪臭はないけれど、本当に安全な水なのだろうか?」 「浄化」はされたが、それは本当に「飲める水」なのか、それとも「生活に使える水」なのか。そして、その水をどうやって再利用していくか。新たな波紋が広がる中、エメリアの挑戦は、まだ始まったばかりだった。