第101話.公爵の邸宅と、策略の全貌
王都の最も高い丘の上にそびえる、威厳ある公爵邸。その書斎で、アルカディアス・フレイ・エヴァンス公爵は、重厚な椅子に深く腰掛けていた。燃え盛る暖炉の炎が、彼の冷徹な顔をぼんやりと照らしている。
公爵の前に控えているのは、数人の部下たち。その中には、先日ロッシュ先生たちの元を訪れた代理人の男もいた。
「あの平民の小娘は、ずいぶんと口が達者だったようだな」
公爵は、部下からの報告を聞き、つまらなそうに言った。彼の声は低く、部屋の空気を一層重くする。
「はっ。身の程知らずにも、研究を続けると申しておりました。しかし、所詮は平民の戯言。放っておいても、すぐに頓挫するでしょう」
代理人は、公爵のご機嫌を損ねないよう、慎重に言葉を選んだ。
「そうだな。だが、あのロッシュとベイルが、あの小娘をそこまで信用しているのが気に食わん。それに、あの輝く粒子……。あれが本当に、**『バクテリウム』**を活性化させる触媒だとしたら、厄介なことになる」
公爵は、指先で卓上を叩きながら、静かに考えを巡らせた。彼の真の狙いは、単なる研究の妨害ではない。
「レナード伯爵は、科学技術の発展こそが国の未来だと信じてやまない。そして、この**『バクテリウム』**は、その思想の象徴となりうる。我々がそれを手に入れれば、レナードの権威は地に落ちる。だが、彼らに好き勝手に研究を続けさせるわけにもいかん」
公爵の言葉に、部下たちは息をのんだ。彼らが想像していたよりも、遥かに大きな策略が動き出していることを悟ったからだ。
「では、公爵様。研究を中止させるだけでは……」
「そうだ。我々の狙いは、研究そのものを奪うことだ。あの輝く粒子の正体を突き止め、その製法を確立する。そして、その技術を我々が独占し、王都の行政の全てを掌握するのだ」
公爵は、不敵な笑みを浮かべた。彼の瞳には、この国の全てを支配しようとする、底知れぬ野心が宿っていた。
「そして、その研究には、あの生意気な平民の小娘が不可欠なのだろう? 面白い。では、こうしよう」
公爵は、部下たちに顔を向け、恐ろしい計画を語り始めた。
「まず、ロッシュとベイルの研究に、正式な公爵家の**『監視役』**をつけろ。表向きは協力という形をとるが、その実態は研究を横取りするための足がかりだ。そして……」
公爵の指示は、残酷かつ緻密なものだった。エメリアたちの研究を少しずつ手中に収め、最終的には、彼らの功績すらも自分たちのものにする。そして、その過程で、彼らに逆らう者を徹底的に排除するつもりなのだ。
「あの小娘には、もう少し、その**『閃き』**とやらを発揮してもらわねばならない。だが、研究が我々のものになった暁には、その小娘も……」
公爵は、最後の言葉を口にすることはなかった。しかし、その表情が、彼女の未来に待ち受ける過酷な運命を物語っていた。
アルカディアス公爵の邸宅で、王都の未来、そしてエメリアたちの運命を左右する、残酷な歯車が回り始めた。