第4話. 新しい名と賑やかな食堂

2025年7月9日

家中に響き渡った産声は、すぐに喜びの声に変わった。父親が奥の部屋から飛び出し、興奮した面持ちでロランとエメリアに告げた。

「生まれたぞ! 元気な男の子だ!」

ロランは「やったー!」と歓声を上げ、エメリアも兄の真似をして「やったー!」と叫んだ。新しい家族が増えたことに、幼い二人は心から喜んだ。

数日後、再び家族が集まって、新しい命に名前を授けることになった。家族が話し合って決めることになったのだ。

「さあ、皆でこの子の名前を考えよう」

父親が、優しく微笑んで切り出した。

「やっぱり、僕が考えたアランがいいと思うな!」

ロランが真っ先に手を挙げた。その名前には、「岩のように強く、皆を支える」という意味が込められていると、ロランは得意げに説明した。

母親は、「ロランが考えてくれた名前も素敵ね」と言いつつ、「私はね、レオンはどうかしらと思ってるの。勇敢で、みんなに慕われるような子に育ってほしいから」と提案した。

エメリアはまだ幼く、名前の意味を深く理解することはできない。けれど、兄や両親が新しい弟のために一生懸命考えている姿を見るのは、とても温かい気持ちになった。

「エメリアは、何かあるかい?」

父親が、エメリアに尋ねた。エメリアは少し考え、「あ…あ…」と言葉を詰まらせた。そして、思いついたように、最近ロランと遊ぶときによく使う言葉を口にした。

「うーんとね…ルーク! げんき!」

ロランと母親は顔を見合わせて笑った。父親も、頬を緩ませて頷いた。

「なるほど、ルークか。元気な響きだな」

最終的に、家族会議の結果、弟の名前はルークに決まった。ロランが提案した「アラン」の力強さと、エメリアが感じた「ルーク」の元気な響きを兼ね備えた、素晴らしい名前だと皆が納得したのだ。

「ルーク、可愛いね!」

エメリアは、母親に抱かれた小さな弟の顔を覗き込み、にこにこした。ルークはまだ生まれたばかりで、ほとんど目を閉じて寝ているか、小さな口を開けて何かを求めているだけだったが、その存在はすでにエメリアの心を温かく満たしていた。


母がまだ働けないため、エメリアは食堂のお手伝いをすることになった。もちろん、三歳の子供ができることは限られている。重いものを持つことも、熱い皿を運ぶこともできない。でも、エメリアには彼女なりの役割があった。

「いらっしゃいませー!」

お客さんが店に入ってくると、エメリアは小さな体で精一杯お辞儀をして、歓迎の言葉を告げた。まだ舌足らずで、発音もおぼつかないけれど、その一生懸命な姿に、お客さんの顔は自然とほころんだ。

「おや、エメリアちゃん、今日も元気だねぇ!」

「あら、大きくなったわね! お手伝い偉いね」

食堂の常連客は皆、エメリアの成長を温かく見守ってくれていた。

「はい、お水、どうぞ!」

エメリアは、お客さんのテーブルに、小さな水差しとコップを持っていく。水差しはほとんど空っぽで、コップも飾りみたいなものだったが、お客さんはいつも「ありがとう、助かるよ!」と、エメリアの頭を優しく撫でてくれた。

「エメリア、そこにいるお客様のテーブル、拭いてくれるかい?」

母親が、布巾を渡してくれる。エメリアは小さな手で布巾を握りしめ、一生懸命テーブルを拭く真似をした。拭いているつもりでも、実際にはほとんど拭けていないのだが、それでもお客さんは「わぁ、綺麗になったね!」と褒めてくれた。

「エメリアちゃん、そこのおじさんのところに行って、今日のスープ、美味しいか聞いてきてくれるかい?」

父親が、にこやかにエメリアに頼んだ。エメリアは「はーい!」と元気よく返事をして、お客さんのところへ駆け寄る。

「おじちゃん、すーぷ、おいしい?」

エメリアが上目遣いで尋ねると、スープを飲んでいたおじさんは、顔いっぱいに笑みを浮かべた。

「ああ、もちろんさ! エメリアちゃんのお手伝いがあるから、いつにも増して美味しいよ!」

お客さんは皆、エメリアが話しかけると、途端に笑顔になった。彼女の無邪気な問いかけや、たどたどしい言葉に、温かい笑い声が食堂中に響き渡る。時には、お客さんがエメリアの髪をくしゃくしゃと撫でたり、飴玉をくれたりすることもあった。

ロランも、学校から帰ってくると、すぐに食堂の手伝いを始めた。ロランはもう、重い皿を運んだり、注文を正確に伝えたりと、立派な戦力になっていた。

「エメリア、これ、お客さんに出してきてくれるか?」

ロランが、小さなパン皿をエメリアに差し出した。エメリアは両手で大切そうにそれを受け取ると、ゆっくりと、けれど確かな足取りでお客さんのテーブルへと向かった。

「どうぞー!」

エメリアがパン皿を置くと、お客さんが「ありがとうね、坊や」と笑った。

「ちがうよ! おねーちゃだよ!」

エメリアは、少し頬を膨らませて訂正した。その様子に、お客さんはさらに笑い声を上げた。

食堂には、いつも人の温かさと、香ばしい料理の匂い、そして絶え間ない笑い声が満ちていた。エメリアは、そんな賑やかな場所で、たくさんの愛情に包まれながら、日々を過ごしていた。彼女にとって、この食堂は、家族と同じくらい大切な、居心地の良い場所だった。ルークが生まれて、さらに賑やかになったこの場所で、エメリアは今日も元気に過ごしていた。