第181話.帝国の狼狽と、エメリアの真意
エメリアが作り上げた**『防御魔法陣』**と、そこから放たれた反撃の魔法により、クルダン帝国軍は甚大な被害を被っていた。無数の矢が降り注ぎ、吸収された魔法が新たな力となって降り注ぐ。この圧倒的な光景は、帝国の将兵たちの戦意を根こそぎ奪っていた。
「ま、まさか……!これが、あの小さな街の力だと!?」
将軍ザインは、部下たちが次々と倒れていく様子を、信じられないという表情で見つめていた。彼の頭の中には、エメリアの都市を「貧相な木の塀で囲まれた街」だと嘲笑した、数時間前の自分の言葉がこだましていた。
「将軍!これ以上は無謀です!魔法が効かない上に、敵はこちらの魔法を逆利用しています!このままでは、全滅します!」
副官が、顔を真っ青にしてザインに進言した。
「くっ……!全軍に撤退を命じよ!今は、退くしかない……!」
ザインは、苦渋の決断を下した。帝国軍は、来た時とは比べ物にならないほどに混乱し、我先にと撤退を始めた。彼らの背中には、エメリアのクロスボウから放たれた矢が、容赦なく突き刺さっていく。
城壁の上からその光景を見ていたエメリアは、静かにディランに言った。
「追撃は不要です。彼らは、二度とこの街に手を出そうとは思わないでしょう」
「しかし、子爵様!今追撃すれば、帝国軍を壊滅させることができます!」
ディランは、武人としての血が騒ぎ、追撃を主張した。
「いいえ、ディランさん。私たちの目的は、彼らを壊滅させることではありません。この街に手を出させない、ということを知らしめることです。これ以上の犠牲は、必要ありません」
エメリアの言葉に、ディランは納得したように頷いた。
「それに、この戦いには、もう一つの目的があります。ルークが仕掛けた、クルダン帝国の経済を揺るがす策です。今回の敗北で、帝国の貴族たちの間で、必ずや不満が噴出するでしょう。そうなれば、彼らは内部分裂を始め、戦争どころではなくなるはずです」
エメリアは、そう言って、ルークが考案した戦略の全貌を語った。この戦いは、武力だけでなく、経済、そして知恵で勝利する、エメリアの壮大な計画の一部だったのだ。
「なるほど……!子爵様は、そこまで考えておられたのですか……!」
ディランは、エメリアの深い思慮に、感嘆の声を漏らした。
クルダン帝国軍は、多くの犠牲者を出し、敗走していった。この戦いの噂は、瞬く間に王国中に広まり、エメリアの都市は、単なる地方都市ではなく、圧倒的な力を持つ**『城塞都市』**として、その名を轟かせた。
エメリアは、窓から見える、平和な街の景色を眺め、静かに呟いた。
「これで、しばらくは、安心して暮らせるわね」
彼女の瞳には、勝利の喜びに加え、戦争の悲惨さを知る者としての、深い安堵が宿っていた。