第19話. 眠る才能と微かな変化

鍛冶屋へ通うようになって数ヶ月が過ぎた。五日に一度という頻度ではあるものの、エメリアにとって鍛冶屋での時間は、何よりも刺激的で、あっという間に過ぎるものだった。

鍛冶屋のダクレスは、エメリアに道具の手入れだけでなく、火の扱い方、金属の種類、簡単な加工の基礎などを丁寧に教えてくれた。エメリアは、彼の言葉一つ一つに真剣に耳を傾け、実際に手を動かしながら学んでいった。

炉で赤熱化した鉄をハンマーで叩く作業は、最初は力の加減が分からず、なかなかうまく形を変えられなかった。しかし、ダクレスの指導を受け、何度も繰り返すうちに、少しずつコツを掴めるようになってきた。鉄を叩く音も、最初のがむしゃらな音から、次第にリズミカルで力強い音へと変わっていった。

道具の手入れを続けていく中で、エメリアは自分の『改造』スキルが、特定の道具に対してより強く反応することに気づき始めた。特に、使い込まれて年季の入った道具に触れている時、心の中で「もっとこうなればいいのに」と強く願うと、その道具がほんのわずかに、だが確かに、変化するような感覚があった。

例えば、何度も研いでもすぐに切れ味が落ちてしまう古い鑿(のみ)を磨いていた時、エメリアが「もっと長く切れるようになればいいのに」と強く念じた瞬間、鑿の表面に微かな光が走り、その後、試しに木材を削ってみると、以前よりも明らかに滑らかに、そして深く削れるようになっていたのだ。

(やっぱり、これが私の『改造』スキルなんだ…!)

エメリアは、この発見に胸が高鳴った。しかし、その変化はあまりにも微かで、意識しなければ気づかないほどだった。また、意図的にスキルを発動させる方法も、まだはっきりととは分からなかった。

それでも、エメリアは鍛冶屋での作業にますます熱心に取り組むようになった。ダクレスが目を離した隙に、こっそりと古い道具に触れ、心の中で様々な願いを込めてみる。すると、時折、道具がかすかに反応するのを感じることができた。それは、まるで眠っていた才能が、ほんの少しだけ目を覚ますような、不思議な感覚だった。

ある日のこと、ダクレスが新しい蹄鉄を作るために、上質な鉄の塊を炉で熱していた。その鉄は、普段使っているものよりも明らかに質が良いものだった。

「これは、隣村の馬具職人から特別に頼まれた鉄だ。丈夫でしなやかでな。良い仕事をするには、良い素材を使うのが肝心だ」

ダクレスはそう言って、丁寧に鉄を叩き、形を整えていった。エメリアは、その様子を食い入るように見つめていた。質の良い鉄は、叩くたびに美しい光沢を放ち、ダクレスの熟練の技によって、見事な蹄鉄へと姿を変えていった。

その時、エメリアの心の中に、ふとした疑問が湧き上がった。

(この鉄…もっと強く、もっと長持ちするようにできないのかな…?)

普段よりも上質な素材だからこそ、エメリアは無意識のうちに、さらにその可能性を引き出したいと思ったのだ。しかし、その考えはすぐに打ち消された。まだ、自分にはそんな力はないだろう、と。

それでも、その日の夜、寝床に入ってからも、エメリアの頭の中には、あの美しい鉄の輝きが焼き付いていた。そして、いつか自分の手で、あの鉄をさらに素晴らしいものに変えることができる日が来るかもしれない、という微かな希望が、彼女の心を温かく包んでいた。彼女の『改造』スキルは、まだ眠っている部分が大きい。しかし、鍛冶屋での日々を通して、確実にその眠りから覚醒し始めているのだった。