第20話. 閃きの瞬間

鍛冶屋のダクレスの店での日々は、エメリアにとって大きな学びの場となっていた。五日に一度の訪問でも、ダクレスは惜しみなく知識を授けてくれ、エメリアは道具の手入れから、火の加減、そして金属の性質まで、少しずつ理解を深めていった。特に、鉄を熱して叩く作業は、最初は戸惑うばかりだったが、回数を重ねるうちに、その力の入れ方、ハンマーを振り下ろすタイミングが、少しずつ体に馴染んでくるのを感じていた。
ある日、ダクレスが古い農具の修理をしていた。それは、何年も使われてきた鋤(すき)の刃で、土との摩擦ですっかり摩耗し、刃こぼれもひどかった。
「これはひどいな。これじゃあ、畑仕事もはかどらねえだろう」
ダクレスはそう呟きながら、鋤の刃を炉に入れ、真っ赤に熱した。そして、それを金床に乗せると、大きなハンマーを振り下ろし、カン、カン、カンと力強く叩いていく。摩耗した部分を少しずつ伸ばし、形を整え、再び刃を立てていく作業だ。その一連の動作は、まさに熟練の技だった。
エメリアは、その作業を食い入るように見つめていた。彼のハンマーが鉄を叩くたびに、火花が散り、熱気が肌をかすめる。鋤の刃は、叩かれるたびに少しずつ、だが確実に、元の形を取り戻していく。
(あの鋤の刃…もう少し、粘り強くならないかな?)
エメリアの心に、ふとした思いが浮かんだ。鋤の刃は土の中で酷使されるため、丈夫さだけでなく、折れにくい「粘り強さ」も重要だと、以前ダクレスが話していたのを思い出していたのだ。そして、前世の記憶が、ある知識を呼び起こした。**「金属の性質は、熱処理と叩き方で大きく変わる」**という、漠然とした知識だ。
その瞬間、エメリアの脳裏に、まるで稲妻が走ったかのような閃きがあった。
「あ…!」
彼女は思わず声を漏らした。ダクレスが振り返る。
「どうした、お嬢ちゃん?」
「あの…ダクレスさん! その鋤の刃、叩くのを少し緩めて、もう少しだけ冷ましてから、もう一度叩いたら…どうなりますか?」
エメリアは、口をついて出た言葉に自分でも驚いた。具体的な理由を説明できるわけではない。ただ、前世の知識と、これまでダクレスから教わってきたことが、頭の中で繋がり、一つの仮説として浮かび上がったのだ。
ダクレスは、エメリアの突拍子もない提案に、目を丸くした。彼は長年の経験で培われた自分のやり方を持っている。一度熱した鉄は、熱いうちに叩くのが基本だ。少し冷ましてから叩くというのは、普通はしないことだった。
しかし、ダクレスは、エメリアの言葉の真剣さと、彼女の目に宿る確かな光を見て、すぐにその言葉を退けることはしなかった。彼は、エメリアがL字金具という新しい発想を持ってきたことを知っている。もしかしたら、この子供の言葉に、何かヒントがあるのかもしれない。
「…ほう。少し冷ましてから、か。なぜそう思うんだい?」
ダクレスは、好奇心と探求心に満ちた目で、エメリアに尋ねた。
エメリアは、具体的な説明ができないことに戸惑いながらも、必死で言葉を探した。
「えっと…なんていうか…熱いうちに叩くと、確かに形は作りやすいけど、すごく硬くなる気がして…。でも、少し冷ましてからだと、なんだか、こう、粘りが出て、折れにくくなるような…そんな気がするんです!」
それは、理屈ではなく、ほとんど感覚的な説明だった。しかし、エメリアの脳裏には、前世で見た「焼き入れ」や「焼き戻し」といった金属の熱処理に関する漠然とした情報が、走馬灯のように巡っていた。
ダクレスは、腕を組み、深く考え込んだ。彼はエメリアの言葉に、これまでの自分の経験とは異なる、しかしどこか示唆に富む響きを感じていた。熟練の職人としての勘が、何か新しい可能性を囁いているようだった。
「…面白いことを言うね、お嬢ちゃん。よし、やってみよう。ちょうど、同じような鋤の刃がある。一つはいつものやり方で、もう一つは、お嬢ちゃんの言う通りにやってみるか!」
ダクレスは、そう言うと、新たな鋤の刃を炉へと入れた。エメリアの小さな提案が、彼の長年の経験と知識に、新たな実験の火を灯した瞬間だった。エメリアの心には、成功への期待と、自分の「改造」スキルが現実の世界に影響を与え始めたことへの、確かな手応えが満ちていた。
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