第21話. ヴァルハルトの鉄と新たな挑戦

鍛冶屋のダクレスの提案を受け、エメリアは彼が用意した、もう一つの古い鋤の刃を手に取った。まだほんのりと温かいその鉄の感触を確かめながら、彼女は先ほど自分が思いついた仮説を、改めて頭の中で繰り返した。
「熱いうちに叩くと硬くなる…少し冷ましてからだと…粘りが出る…」
それは、前世の断片的な記憶と、この数ヶ月ダクレスの作業を見てきた中で感じた、漠然とした感覚の組み合わせだった。確信があるわけではない。それでも、試してみる価値はあると感じた。
ダクレスは、もう一つの鋤の刃を再び炉に入れ、同じように赤熱させた。そして、先ほどと同じように金床に乗せたのだが、ハンマーを振り上げるのを少しだけ躊躇した。
「本当に、少し冷ましてからでいいのかい?」
彼は念のため、エメリアに確認した。
「はい、そう思います。熱が少し落ち着いて、赤黒くなってきたくらいで…」
エメリアは、自信なさげながらも、自分の感覚を伝えた。ダクレスは、深く息を吐き、ゆっくりと頷いた。そして、言われた通り、鉄の色がほんの少し暗くなるのを待ってから、ハンマーを振り下ろした。
カン…カン…カン…
熱いうちに叩く時よりも、ハンマーの感触が少し重く、鉄の変形もゆっくりとしているように感じられた。ダクレスは、普段よりも力を込めて叩いているようだった。エメリアは、固唾を飲んでその様子を見守った。
やがて、鋤の刃は目的の形に整えられた。ダクレスはそれを水で冷やし、二つの鋤の刃を並べて見比べた。見た目には、ほとんど違いは分からなかった。
「さあ、これでどうなるか…」
ダクレスは、少しばかり疑念の色を浮かべながら呟いた。
翌日、村の農夫が鋤の修理にやってきた。ダクレスは、二つの修理済みの鋤の刃を見せ、事情を説明した。
「実はな、今回は少し試しに、二通りのやり方で刃を鍛えてみたんだ。どちらが良いか、実際に使ってみて教えてもらえないだろうか?」
農夫は快く承諾し、二つの鋤の刃を持って畑へと向かった。
数日後、その農夫が再び鍛冶屋にやってきた。その表情は、驚きと感謝に満ちていた。
「ダクレスさん! 今回の鋤の刃は、本当にすごい! いつもなら、すぐに刃こぼれしてしまうような硬い土でも、まるでバターを切るみたいに、すんなりと入っていくんだ! しかも、何度使っても、刃が全然減らない!」
彼は興奮した様子で、そう語った。ダクレスが詳しく話を聞くと、なんと、エメリアが提案した方法で鍛えられた鋤の刃の方が、明らかに性能が良いというのだ。
「特に、粘り強さが違うんだ。以前の刃なら、無理な力がかかるとすぐに欠けてしまったんだが、今回はそんなことは全くなかった。本当に助かるよ!」
農夫の言葉に、ダクレスは目を丸くした。まさか、本当に子供の思いつきが、これほどの違いを生み出すとは、想像もしていなかったのだ。
ダクレスは、すぐにエメリアを呼び寄せ、農夫の言葉を伝えた。エメリアは、自分の提案が実際に役に立ったことを知り、胸がいっぱいになった。
「お嬢ちゃん…あんたは、本当にすごい才能を持っているんだな…」
ダクレスは、改めてエメリアに感嘆の言葉を贈った。そして、彼は真剣な表情で言った。
「実はな、このヴァルハルト王国は、昔から良質な鉄が採れることで知られている。だが、その鉄のポテンシャルを、まだ十分に引き出せていないのかもしれない。お嬢ちゃんのその知識と、私の鍛冶の技術を合わせれば、もっと素晴らしいものが作れるかもしれない…」
ダクレスの言葉には、職人としての新たな挑戦への意欲が感じられた。エメリアも、自分の持つ前世の知識が、この世界の鉄の可能性を広げるきっかけになるかもしれないと感じ、胸が高鳴った。ヴァルハルトの鉄。まだ見ぬその可能性を追求する、新たな道が、二人の目の前に開かれようとしていた。