第25話. 兄の帰還と広がる噂

2025年7月18日

今日は鍛冶屋へ行く日ではなかったが、エメリアの心はどこか落ち着かなかった。ミーア鉱のことが頭から離れないのだ。どうすればあの硬い鉱石を加工できるのか、昨日ひらめいた「別の何か」とは何なのか、ずっと考えていた。

そんな思考の渦中にいると、厨房からエルアラの声が響いた。「エメリア、今日のスープの準備をお願いね」。ふわりと、いつもの野菜と肉の煮込みスープの香りが漂ってくる。エメリアは、手早く野菜を切りながら、頭の片隅でミーア鉱のことを考えていた。


昼の営業が始まり、食堂が客で賑わい始めた頃、扉が開き、見慣れた顔が笑顔で立っていた。

「ただいま!」

兄のロランが、城から帰ってきたのだ。久しぶりの再会に、トーマスエルアラも、そしてルークも、皆が歓声を上げた。エメリアも駆け寄り、元気なロランの姿に安堵した。

ロランがいつもの席に座り、家族が揃って談笑していると、常連客のエバンスさんがエメリアに声をかけてきた。

「エメリアちゃん、最近は鍛冶屋の方でも頑張っているんだってね。ダクレス親父さんも、あんたのことを褒めちぎっていたよ。あんたが直した鋤のおかげで、今年の畑仕事は本当に助かったと、みんなが言っている」

エメリアは少し照れながらも、「はい、少しだけお手伝いを…」と答えた。

「いやいや、大したもんだ。こんなに若いのに、すでに職人の域に達しているんじゃないか?」

エバンスさんの言葉に、周りの客たちも頷き、口々にエメリアのL字金具や、丈夫になった農具の話で盛り上がった。エメリアは皆からのお礼の言葉を聞き、心が温かくなった。自分の工夫が多くの人に役立っていることを実感できるのは、何よりも嬉しいことだった。


客足が落ち着き、家族水入らずの時間になると、ロランがエメリアに真剣な顔で話しかけてきた。

「エメリア、実は城でもお前の噂になっているんだ」

「え…私の?」

エメリアは驚いて目を丸くした。

「ああ。領主様も、ダクレスさんの鍛えた農具の評判を聞いて、驚かれていたよ。『あの頑丈な鋤は、一体どうやって作ったのだ?』とね。ダクレスさんが、エメリアのアイデアで生まれたものだと話したら、領主様も大変興味を持たれていた」

ロランの言葉に、エメリアは顔が熱くなるのを感じた。村の中での評判は嬉しいが、まさか領主の耳にまで届いているとは、予想外だった。

「ひょっとしたら、近いうちに領主様から、お前に直接お声がかかるかもしれないな」

ロランは楽しそうに言ったが、エメリアは少しばかり複雑な気持ちになった。有名になることは、必ずしも良いことばかりではないと、前世の記憶が囁いていた。

「ちょっと、有名になりすぎちゃったかな…」

エメリアは、小さく呟いた。しかし、その胸の内には、未知の可能性を秘めたミーア鉱への好奇心と、自分の『改造』スキルが、この世界でどれほどのことができるのかという、静かな期待が確かに宿っていた。