第26話. 兄の味と新たな出汁

翌朝、食堂にはいつもとは違う、どこか懐かしい香りが満ちていた。それは、エメリアが前世で知っていた、魚介の深い旨味が凝縮された、あの出汁の匂いに似ている。
「お兄ちゃん、これ…!」
エメリアが厨房を覗くと、ロランが大きな鍋の前で、満足げな顔でスープをかき混ぜていた。鍋からは、湯気と共に、香ばしい魚の匂いが立ち上っている。
「おお、エメリア。ちょうどいいところに来たな。試作第一号だ!」
ロランは、小さな器にスープを注ぎ、エメリアに差し出した。エメリアは、一口スープを口に含んだ。
(美味しい…!)
それは、魚の骨やアラから丁寧に取られた、濃厚な出汁の味だった。食堂で普段使っている野菜と肉の出汁とは全く異なる、海の恵みを感じさせる風味。まだ、前世で知っていたような、小魚を乾燥させて作る、あの複雑で深い旨味の「出汁」には至っていないようだが、それでも、この世界の料理としては、十分に革新的な味だった。
「どうだ? 城で色々試してみて、ようやく形になったんだ」
ロランは、少し緊張した面持ちでエメリアの感想を待っていた。
「うん! すごく美味しいよ、お兄ちゃん! 魚の味がしっかりするのに、全然生臭くない!」
エメリアが正直な感想を伝えると、ロランはホッとしたように笑顔を見せた。
「だろう? 領主様の城の料理人たちにも、少しばかり協力してもらったんだ。このヴァルハルト王国は海にも面しているから、新鮮な魚がたくさん手に入る。これを使わない手はないと思ってな」
ロランは、城での修行の傍ら、料理についても研究を重ねていたのだ。彼の探求心と、新しいものを作り出す情熱は、エメリアの『改造』スキルに通じるものがあると感じた。
「このスープ、食堂でも出したいな!」
エメリアが目を輝かせると、ロランは嬉しそうに頷いた。
「ああ、もちろん! レシピはちゃんと書き留めてある。トーマス父さんやエルアラ母さんも、きっと喜んでくれるだろう」
その日の朝食は、ロランの作った魚の出汁のスープが食卓に並んだ。トーマスもエルアラも、そしてルークも、その新しい味に驚き、そして舌鼓を打った。
「これは…! ロラン、お前、こんなものまで作れるようになったのか!」
トーマスは、感動したように言った。
「ええ、トーマスさん。これなら、食堂の新しい名物になるかもしれませんね」
エルアラも、新しい可能性に目を輝かせた。
このロランが持ち帰った魚の出汁のスープは、やがて食堂の新たな人気メニューとなるだろう。エメリアの『改造』スキルが金属の世界で新たな扉を開こうとしている一方で、ロランもまた、料理の世界で新たな味を創造しようとしていた。兄妹それぞれの分野で、新しい挑戦が始まろうとしていた。