第28話. 鍛冶屋の夜と、遠い声

ミーア鉱の加工方法に小さな手掛かりを得てからというもの、エメリアとダクレスは、その方法をさらに深く探求することに没頭した。五日に一度の鍛冶屋へ行く日は、もはや通常の作業の合間を縫うどころか、ほとんどの時間を使ってミーア鉱の実験に費やされるようになった。
彼らは、あの「特定の温度」や「特定の回数叩く」といった漠然とした条件を、より具体的に、そして再現性のあるものにするため、何度も何度も試行錯誤を繰り返した。熱する時間を秒単位で測り、叩く強さを変え、液体の調合を微調整した。失敗の連続だった。ミーア鉱は相変わらず頑固で、少し条件がずれるだけで、簡単にひび割れてしまう。
「くそっ、またダメか…!」
ダクレスが悔しそうに声を上げ、額の汗を拭う。炉の熱と、試行錯誤の疲労で、彼の顔には疲労の色が濃く出ていた。
エメリアもまた、疲労を感じていた。それでも、彼女の心は折れなかった。ミーア鉱に触れるたびに感じる『改造』スキルの微かな反応が、「もう少しだ」「違う、もっとだ」と、まるで導いてくれているかのようだったからだ。その反応は、以前よりもずっとはっきりとしてきていた。
ある日のこと。 その日は、エメリアが鍛冶屋にいる時間としては珍しく、日が暮れても作業を続けていた。トーマスが迎えに来る時間も過ぎていたが、ミーア鉱から得られたわずかな進展が、二人を止められなかったのだ。
炉の炎が暗闇に揺らめき、金床を叩く音が静かな村に響き渡る。夜空には満月が輝き、その光が鍛冶屋の窓から差し込んでいた。その月明かりが、目の前のミーア鉱に、まるで吸い込まれるように反射しているように見えた。
その瞬間、エメリアの頭の中に、唐突に、ある声が響いた。それは、男性の声のように聞こえたが、はっきりと聞き取れるわけではない。
《…熱、そして…》
その声は、一瞬で消え去った。
「…今のは…?」
エメリアは思わず顔を上げた。隣で作業していたダクレスも、疲れた顔でエメリアを見つめた。
「どうした、お嬢ちゃん。何か聞こえたのか?」
「いえ…なんだか、声が…」
エメリアは、自分の感覚に自信が持てず、曖昧に答えた。ダクレスは首を傾げたが、深くは追求しなかった。彼は、長時間作業を続けたエメリアの疲労のせいだろうと思ったのかもしれない。
しかし、エメリアの心臓は激しく高鳴っていた。あの声は、確かに聞こえた。そして、その声が指し示す言葉は、まるでミーア鉱の加工に必要な、決定的なヒントのように感じられたのだ。
(熱…そして…? 熱の先にあるものは何…?)
その日の作業は、結局大きな進展なく終わった。トーマスが心配そうに迎えに来て、エメリアを連れて帰路についた。
家に戻り、寝床に入っても、エメリアはあの声の残響と、ミーア鉱のことが頭から離れなかった。彼女の『改造』スキルは、今や、目に見えない「声」として、彼女に語りかけているのだろうか。それは、彼女の才能が新たな段階へと進んでいる証なのだろうか。
闇の中、エメリアは静かに目を閉じた。ヴァルハルトの鉄が秘める真の力を引き出す道は、まだ遠い。だが、彼女は確かな手応えと、新たな道標を得ていた。
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません