第32話. 共同研究と、新たなる囁き

ミーア鉱の加工に微かな手掛かりを得て以来、エメリアと鍛冶屋のダクレスは、その研究に一層の熱意を注いでいた。しかし、エメリアが心に秘めた「素材そのものを変える」という真の力と、それを隠して「皆が学べばできる技術」として確立するという方針は、彼女の中で常に意識されていた。
通常の鍛冶仕事は相変わらず忙しく、村人からの農具の修理や新しい金具の注文は絶えなかった。しかし、最近は、その忙しさも少し和らいでいた。エメリアが持ち込んだ「少し冷ましてから叩く」技術が広まり、ダクレスの鍛冶屋の評判が上がったことで、近隣の村からも協力を求める声が来るようになったのだ。
今では、週に何度か、他の村の若い鍛冶師たちが「ダクレス親方の新しい技を学びたい」と、手伝いに訪れるようになっていた。彼らは皆、真面目で熱心な若者たちで、ダクレスの指示のもと、炉の管理や、鉄の粗加工などを手伝ってくれた。
ある日の昼下がり、鍛冶屋の作業台の前では、ダクレスと若い鍛冶師たちが、熱を帯びた議論を交わしていた。
「この刃のカーブは、もう少しだけ滑らかにした方が、土への食い込みが良いはずだ!」
「いや、親方! この部分を少し厚くすることで、より強度が増すのでは?」
彼らは、それぞれが持つ経験と知識をぶつけ合い、より良い道具を生み出そうと真剣だった。炉の火は穏やかに燃え、金床からはカンカンと規則正しい音が響く。油の匂いと、熱気の混じった空間は、まさに職人たちの熱気が充満した場所だった。エメリアは、その活気ある雰囲気の中で、彼らの議論を注意深く聞いていた。彼らが鉄の性質について語る言葉一つ一つが、ミーア鉱の加工へのヒントになるかもしれないと考えていたからだ。
そんな中、エメリアはミーア鉱の欠片を手に取り、彼らの議論に耳を傾けながら、心の中で、その鉱石の「構造」を「改変」することをイメージしていた。すると、彼女の『改造』スキルが、微かに反応し始めた。それは、まるで指先に熱が灯ったような、優しい感覚だった。
その時だった。
突如として、エメリアの頭の中に、またあの「声」が響いた。今回は、以前よりもさらに明瞭に、一つの単語が聞こえた。
《…融合…》
その言葉は、まるで周囲の喧騒を切り裂くように、エメリアの意識の中に直接響き渡った。
「融合…?」
エメリアは、思わず手が震え、持っていたミーア鉱の欠片を落としそうになった。ダクレスや他の鍛冶師たちは、彼女の変化に気づくことなく、熱心な議論を続けている。彼らに聞こえるはずもない、エメリアだけに聞こえる声。
(これは、ミーア鉱を加工するための、次のヒント…?)
エメリアは、拾い上げたミーア鉱を強く握りしめた。融合。それは、ミーア鉱に何かを混ぜ合わせるということだろうか。しかし、これほど加工の難しいミーア鉱に、一体何を、どのように融合させるというのだろう。
頭の中は疑問符でいっぱいだった。しかし、あの声が示唆する「融合」という言葉は、これまで彼女が考えていた熱と冷却だけのアプローチとは異なる、全く新しい可能性を開いているように思えた。それは、ミーア鉱の持つ、固有の特性を理解し、それを最大限に引き出すための、より高度な技術であるような気がした。
エメリアの瞳は、静かに、しかし確かな決意を宿し、目の前で活発な議論を交わす鍛冶師たちを見つめた。彼らの技術と、自分の『改造』スキル、そしてあの謎めいた「声」の導きが、きっとこのミーア鉱の秘密を解き明かす鍵となるだろう。そして、それはいつか、ヴァルハルト王国の未来を大きく変えることになるに違いない。
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