第33話 融合の謎と、新たな実験

2025年7月20日

「融合…」

エメリアの頭の中に響いたその言葉は、まるでパズルの最後のピースのように、これまでの疑問と断片的な知識を結びつけた。ミーア鉱の加工には、ただ熱し、叩き、冷やすだけではない、何かを「融合」させる必要がある。だが、何を、どのように融合させるのか。それが次の謎だった。

鍛冶屋での一日が終わり、トーマスが迎えに来る馬車の音を聞きながら、エメリアはダクレスに、ミーア鉱についてもう一度だけ時間をくれるよう頼んだ。他の若い鍛冶師たちが帰り支度をする中、ダクレスはエメリアの真剣な瞳を見て、静かに頷いた。

「わかった、お嬢ちゃん。もう少しだけ付き合おう。何かわかったのかい?」

エメリアは、ミーア鉱に触れた時に感じた微かな変化と、あの「声」については伏せつつ、自分の考えを伝えた。

「はい。ミーア鉱は、他の金属とは全く違う性質を持っています。熱や叩き方だけでは限界がある気がするんです。もしかしたら、何か別の素材を組み合わせることで、その性質を変えることができるんじゃないかって…」

ダクレスは腕を組み、深く考え込んだ。

「別の素材、か…。確かに、剣の刃に特定の鉱物を混ぜて強度を上げる、なんて話は聞くが、ミーア鉱はそれ自体が特殊すぎる。何と組み合わせるというんだい?」

エメリアは、昨日ひらめいた「パン生地」の例を思い出しながら、必死で言葉を探した。

「例えば、生地にイースト菌を混ぜると膨らむように、ミーア鉱にも、何か小さな『触媒』のようなものが必要なんじゃないかって。それが、ミーア鉱の頑固な構造を、柔らかくする鍵になるような気がするんです」

「触媒…」ダクレスは眉をひそめた。その言葉は、彼の知る鍛冶の常識にはない概念だった。しかし、エメリアがこれまでに見せてきた直感と成果が、彼にその言葉の重みを理解させていた。

「なるほど…確かに、あり得ない話じゃない。だが、そんなもの、どこにあるというんだい?」

エメリアは、ふと、あの「融合」という声が響いた時に、他の鍛冶師たちが話していた言葉を思い出した。「この刃のカーブは、もう少しだけ滑らかにした方が…」「この部分を少し厚くすることで、より強度が増すのでは?」という、彼らの素材の性質に関する議論。そして、その時ミーア鉱を握りしめていた自分の手。

(彼らが議論していたのは、**素材の『用途』**だった。そして、私があの時ミーア鉱に触れて感じたのは、ミーア鉱の『本質』…。もし、ミーア鉱が、その「本質」と「用途」を「融合」させる何かを求めているとしたら…?)

エメリアの頭の中で、様々な情報が複雑に絡み合った。具体的な物質はまだ見つからないが、方向性だけははっきりと見えてきた。

「…まだ、何を使うかは分かりません。でも、きっと、この村のどこかに、ミーア鉱と『融合』できる何かがあるはずです。それを見つけるために、もっとミーア鉱の性質を知る必要があります」

エメリアは、真剣な眼差しでダクレスを見上げた。ダクレスは、彼女の情熱と、その奥に秘められた直感に、強く惹きつけられていた。

「よし、わかった。お嬢ちゃん。お前がそう言うなら、とことん付き合ってやろう。ミーア鉱の秘密を、必ず突き止めてやろうじゃないか!」

ダクレスの力強い言葉に、エメリアは安堵した。ミーア鉱の加工は、自分一人の力だけでは到底無理な挑戦だ。しかし、ダクレスの経験と技術、そして他の鍛冶師たちの協力があれば、不可能ではない。

その夜、エメリアは、トーマスの馬車に揺られながら、月明かりの下、ミーア鉱の欠片をそっと握りしめた。彼女の指先からは、微かな温もりが伝わってくる。あの「融合」の謎を解き明かす旅は、まだ始まったばかりだ。しかし、その旅路の先に、ヴァルハルト王国の未来を変えるような、素晴らしい発見が待っていることを、エメリアは確信していた。