第34話. 新しい素材と職人の知恵

2025年7月20日

「融合…」

エメリアは、その言葉の意味を解き明かすため、次の鍛冶屋の日まで、ひたすら思考を巡らせた。ミーア鉱に「何かを混ぜる」という仮説。しかし、ダクレスも知らないような「触媒」など、どこにあるのだろう?

食堂での仕事中も、エメリアの目は常に周囲の様々な素材に向けられていた。野菜、果物、木材、石、土…。この世界のあらゆるものが、ミーア鉱と結びつく可能性を秘めているように思えた。

ミーア鉱の謎を解き明かす新たな手掛かりを得たことで、エメリアの心は逸るばかりだった。いつもは食堂の昼の営業を終えてから鍛冶屋へ向かうのだが、この日ばかりは朝食を済ませるとすぐに、トーマスの馬車に乗り込み、鍛冶屋のダクレスの店へと向かった。

トーマスエルアラも、エメリアのただならぬ様子を察していた。特に、鋤の件でその直感が村にどれほどの恩恵をもたらしたかを肌で感じていた彼らは、ミーア鉱の研究に没頭する娘の熱意を尊重した。いつもなら昼の営業の手伝いを終えてから鍛冶屋へ向かうのだが、この日ばかりは、「気をつけていっておいで」と、快くエメリアを送り出してくれたのだ。

店に着くと、ダクレスは既に炉に火を入れ、準備を始めていた。エメリアが顔を出すと、彼はにこやかに迎えてくれた。

「お嬢ちゃん、何か新しい考えはまとまったかい?」

エメリアは、昨日まで考えていたことをダクレスに伝えた。

「はい。ミーア鉱に混ぜる『何か』は、特別な鉱物じゃなくて、もしかしたら、この村のどこにでもあるような、ごくありふれたものかもしれないって思ったんです。普段、私たちが目にしているものの中に、ミーア鉱の性質を変える鍵があるんじゃないかって」

ダクレスは、腕を組み、考え込んだ。

「ありふれたもの、か…。これまで、ミーア鉱の加工は、特殊な炉や特別な技術が必要だと考えられてきたからな。しかし、お嬢ちゃんの言うことだ。可能性は試してみる価値がある」

彼らはまず、店の周りにあった土や石、木片などを集めてみた。それらをミーア鉱と一緒に熱したり、冷やしたり、叩いてみたりしたが、目立った変化は見られない。エメリアは、今度は食堂で使うような、塩や砂糖、油、灰なども試したいと提案したが、ダクレスは「鍛冶屋で使うものではない」と最初は難色を示した。

「火薬とかならまだしも、そんなもの混ぜて、本当にどうにかなるのか?」

「試してみないと分かりません! きっと、ミーア鉱も、私たちにヒントをくれるはずです!」

エメリアの熱意に押され、ダクレスは渋々承諾した。彼らは、ミーア鉱を小さく砕き、それらの「ありふれた素材」を少量ずつ混ぜては、熱処理と冷却を繰り返した。

数時間が経過した頃、彼らが試していたのは、炉から出る真っ黒な燃えカス、すなわち木炭の粉だった。ダクレスは、薪を燃やして残った炭を粉砕し、試しにミーア鉱の欠片に少量混ぜて炉に入れた。

炉から取り出したミーア鉱は、相変わらず頑固だった。しかし、エメリアがその鉱石に触れた時、彼女の『改造』スキルが、これまでにないほど強く反応するのを感じた。そして、微かな光が、ミーア鉱の内部に吸い込まれていくような感覚があった。

「ダクレスさん! これです、これ! 何か、いつもと違う気がします!」

エメリアは、興奮してダクレスにミーア鉱の欠片を差し出した。ダクレスも半信半疑でそれを受け取ると、軽く金床に当ててみた。カン、という音はするものの、これまでの硬質な反発とは異なり、ほんのわずかだが、わずかな粘りを感じさせる手応えがあった。表面には、微細な凹みも確認できる。

「これは…! まさか、ただの燃えカスが…」

ダクレスは、驚きと興奮が入り混じった表情でミーア鉱を見つめた。職人としての長年の経験が、この小さな変化が持つ大きな意味を悟らせていた。

「『融合』…そうか、ミーア鉱は、炭素を求めていたのか!」

エメリアの頭の中で、前世の知識が鮮明に繋がり始めた。鉄に炭素を混ぜることで、鋼が作られ、その硬度や粘り強さが飛躍的に向上する。ミーア鉱もまた、炭素と「融合」することで、その頑なな性質を変化させるのかもしれない。

それは、ヴァルハルト王国…いや、この世界の鍛冶の歴史において、新たな素材加工の幕開けを告げる、静かな、しかし決定的な一歩だった。エメリアの閃きと、ダクレスの職人としての知恵が、ついに未知の扉を開いたのだ。