第35話 炭素の魔法と職人の熱気

「『融合』…そうか、ミーア鉱は、炭素を求めていたのか!」
鍛冶屋のダクレスの言葉に、エメリアは深く頷いた。炉から取り出したミーア鉱の欠片は、確かにわずかな粘りを見せていた。それは、これまでどんなに熱しても、叩いても、頑なにその性質を変えなかったミーア鉱からは想像もできない変化だった。
「ダクレスさん、もう一度、今度はもっと丁寧に試してみましょう!」
エメリアの提案に、ダクレスの顔には職人としての探求心が漲っていた。彼らは、その日から、ミーア鉱と炭素の「融合」の秘密を解き明かすべく、本格的な実験を開始した。
まず、彼らは炭素の準備から始めた。炉の燃えカスから、より純粋な木炭を選び出し、それを石臼で丹念に、粉末状になるまで挽いた。黒い粉は、まるで漆黒の砂のようにサラサラとしていた。
次に、ミーア鉱の欠片を炉に入れ、慎重に熱していく。エメリアは、炉の炎の色や、ミーア鉱の表面のわずかな光沢の変化を、これまで以上に集中して見つめた。彼女の『改造』スキルが、鉱石の内部で何が起きているのかを、微かに感じ取っているようだった。
「今だ、お嬢ちゃん!」
ダクレスが声をかける。ミーア鉱が特定の温度に達し、その表面が鈍い赤みを帯びた瞬間、エメリアは素早く火箸で鉱石を取り出した。そして、それを金床の上に置き、用意しておいた炭素の粉末を、均一にまぶした。ジュッと微かな音がして、黒い粉がミーア鉱の表面に吸い付くように付着する。
「よし、もう一度炉へ!」
炭素をまぶしたミーア鉱を再び炉に戻し、さらに熱を加える。炭素がミーア鉱の表面で燃焼し、熱によって内部へと浸透していくイメージをエメリアは頭の中で描いた。
そして、再び特定の温度に達したところで、ダクレスはミーア鉱を炉から取り出し、例の「水と油を混ぜた冷却槽」へと、躊躇なく浸した。ジュワッという音と共に、白い湯気が立ち上る。冷却槽から取り出されたミーア鉱は、以前よりもわずかに黒ずんで見えた。
「さあ、叩いてみよう!」
ダクレスが、熱したミーア鉱を金床に乗せる。彼がハンマーを振り下ろすと、カン、という重い音が響いた。以前のような硬質な反発ではなく、まるで粘り気のある塊を叩いているかのような、吸い付くような手応えがあった。そして、叩かれた部分が、明確に、しかし滑らかに変形したのだ。
「おお…! 確かに、これは…!」
ダクレスの顔に、感嘆の表情が広がった。
その日、鍛冶屋には、ミーア鉱の加工に興味を持つ他の若い鍛冶師たちも集まっていた。彼らは、ダクレスとエメリアの作業を、固唾を飲んで見守っていた。
「親方、今の、何が違うんですか?」
一人の若い鍛冶師が、興奮した様子で尋ねた。
ダクレスは、変形したミーア鉱の欠片を彼らに見せながら、熱弁を振るった。
「見てみろ! この粘りだ! ただ熱して叩くだけではこうはならん! 我々は、このミーア鉱に、炭素を『融合』させることで、その性質を根本から変えることに成功したのだ!」
ダクレスは、炭素の粉末をミーア鉱にまぶし、特定の温度で熱し、特定の冷却方法を用いるという一連の工程を、彼らに説明した。若い鍛冶師たちは、最初は半信半疑だったが、実際に変形したミーア鉱の欠片を手に取り、その粘り強さを確認すると、驚きと興奮の声を上げた。
「まさか、ただの木炭の燃えカスが、こんな神秘的な鉱石の性質を変えるとは…!」
「これは、まさに魔法だ…!」
彼らは、口々に感嘆の声を漏らした。エメリアは、その様子を静かに見守っていた。彼らが「魔法」と呼ぶその現象は、彼女の『改造』スキルによって引き起こされたものだが、その具体的なプロセスは、彼らにも理解できる「技術」として提示されている。
(これでいいんだ…)
エメリアの心には、安堵と、そして静かな達成感が広がった。彼女の『改造』スキルは、確かに「構造改変」という領域に達した。しかし、その力を独り占めするのではなく、皆が学び、共有できる「知恵」として残していくこと。それが、あの「声」が彼女に示唆していた、この力の正しいあり方なのだと、エメリアは確信していた。
その日の鍛冶屋は、まるで新しい時代が始まったかのような熱気に包まれていた。ミーア鉱の加工技術の確立は、ヴァルハルト王国の鍛冶の歴史に、新たな一ページを刻むことになるだろう。そして、その中心には、一人の少女の秘めたる力と、職人たちの飽くなき探求心があった。
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