第36話. 夢の中の啓示

その夜、エメリアは深く、奇妙な夢を見た。
暗闇の中に、微かな光が浮かび上がり、やがてそれは人影を象っていく。明確な顔は見えないが、紛れもなく、あの**「声」の主**だとエメリアは直感した。その人物は、ゆっくりと、しかし確かな存在感を持って、エメリアの前に立っていた。
「よくぞ、ここまで辿り着いた」
静かで、しかし深い響きを持つ声が、エメリアの心に直接語りかけてくる。それは、これまで断片的に聞こえていた声と同じだった。
エメリアは、恐る恐る尋ねた。「あなたは…一体、誰なのですか? そして、あの声は…」
声の主は、答える代わりに、エメリアのこれまでの道のりを、まるで走馬灯のように見せてくれた。食堂のL字金具から始まり、粘り強い鋤、そして加工が不可能とされたミーア鉱への挑戦。一つ一つの成功の裏で、エメリアの『改造』スキルが、どのように進化してきたのかを。それは、まるで、彼女自身が辿ってきた道を、別の視点から確認しているかのようだった。
「お前がこれまで行ってきたことは、その力のほんの一部に過ぎない」
声の主の言葉に、エメリアは息をのんだ。ほんの一部? 鉄の性質を変え、ミーア鉱を加工する力でさえ、ほんの一部だというのか。
「このスキルの真髄は、ありとあらゆるものを『改造(変換)』すること。形状を、性質を、そして時には、その存在そのものを」
エメリアの頭の中に、稲妻が走ったような衝撃が走った。石を金に。水から何かを生み出す。それは、まさに彼女が密かに恐れていた、禁忌にも近い力だった。
「だが、故にこそ、気をつけねばならぬ」
声の主の声が、警告するように響く。
「その力は、世界を大きく変える可能性を秘めている。しかし、同時に、世界の均衡を崩し、破滅をもたらす諸刃の剣でもある。その本質を、他者に知られてはならない。理解されぬ力は、常に恐怖と争いを呼ぶ」
エメリアは、以前自分が考えた「このスキルは他人に知られてはいけない」という直感が、この声の主からの導きであったことを悟った。自分の感覚は、間違っていなかったのだ。
夢の中で、エメリアは苦悩した。もしこの力が、本当にありとあらゆるものを変換できるとしたら、鍛冶屋に通い続け、具体的な「技術」としてその力を示し続けることは、果たして正しいのだろうか。いつか、その真の力が露呈してしまうのではないか。
「では…私は、この力を、どうすれば…」
エメリアの問いに、声の主は静かに、しかし力強く応えた。
「お前がすべきは、今、目の前にある道を極めること。ヴァルハルトの鉄、そしてミーア鉱。それらの力を引き出し、この世界の技術と人々の暮らしを豊かにするのだ」
声の主の言葉は、エメリアの心を深く震わせた。それは、彼女の迷いを打ち消し、進むべき道を示してくれた。
「そして、いつの日か、その知識と経験が、さらなる扉を開くだろう。その時、お前はこの世界の『真の姿』を知ることになる」
声の主の姿が、光の中に溶けていく。エメリアが手を伸ばすが、それは虚空を掴むだけだった。
「待って…!」
エメリアは、夢の中で叫んだ。
ハッと目を覚ますと、そこはいつもの自分の寝床だった。窓からは、朝の優しい光が差し込んでいる。夢だった。しかし、その内容が、あまりにも鮮明で、現実感を伴っていた。手のひらを広げ、じっと見つめる。微かな痺れが、まだ残っているような気がした。
『改造』スキル。それは、ただ物を改良するだけの力ではなかった。ありとあらゆるものを「変換」する、とてつもない可能性を秘めた力。そして、その力を隠し、技術として人々に貢献すること。それが、今の自分に課せられた道なのだと、エメリアは理解した。
夢の中で示唆された「真の姿」という言葉の意味は、まだ分からない。だが、エメリアの心には、秘めたる力への畏怖と、未知なる未来への静かな決意が、深く刻み込まれていた。鍛冶屋へ通う日々は、これからも続くだろう。しかし、その道のりは、これまでとは全く異なる意味を持つことになるのだ。
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