第40話. 新たな工房と、集う職人たち

2025年7月20日

「望むものを申してみよ。可能な限り、貴女の願いを叶えよう」

領主様の言葉に、エメリアは一瞬考え込んだ。個人的な褒美なら、きっと豪華な服や宝石、あるいは金貨を望むのが普通だろう。しかし、エメリアの頭には、すでに明確な願いがあった。それは、自分の『改造』スキルを隠しつつ、ミーア鉱の技術を王国全体に広めるという、あの「声の主」からの示唆と、彼女自身の決意に基づいたものだった。

エメリアは、領主の目を真っ直ぐに見つめ、はっきりと告げた。

「領主様。私が望むのは、ダクレスさんの鍛冶屋を、もっと大きく、村のすべての鍛冶師が使えるような、大きな工房にしていただくことです」

広間にいた文官や武官たちが、ざわめいた。個人の褒美ではなく、村の鍛冶屋の拡張を願うとは、予想外だったのだろう。ダクレスも、驚いた顔でエメリアを見つめた。

エメリアは、さらに続けた。

「工房は一つですが、それぞれの鍛冶師が独立して仕事を請け負い、技術を磨き合える場にしたいのです。そうすれば、村全体の鍛冶技術が向上し、ミーア鉱の加工もより効率的に進むはずです」

領主は、エメリアの言葉を静かに聞いていた。そして、やがて満足げに頷いた。

「なるほど…! 己の功績に奢ることなく、村全体の繁栄を願うか。その心掛け、誠に素晴らしい! よかろう、エメリア。貴女の願い、快く叶えよう!」

領主の言葉に、エメリアは安堵と喜びで胸がいっぱいになった。これで、ミーア鉱の技術が、より多くの鍛冶師に広まり、ヴァルハルト王国全体の力となるだろう。


翌日、村の広場に、領主の命を受けた建築職人たちが集まっていた。彼らは、ダクレスの鍛冶屋の隣に、広大な土地を確保し、新しい工房の建設準備に取り掛かっていた。

その日の午後、ダクレスの鍛冶屋には、村中の鍛冶師たちが集まっていた。彼らは、領主からの通達で、ミーア鉱の新しい加工技術が王国全体の特産品となり、ダクレスがその総代表に任命されたことを知らされていた。そして、エメリアが、自身の褒美として、彼らが皆で使える大きな工房を願ったことも。

「親方、俺は…ダクレス親方の鍛冶屋の一員になってもいいでしょうか!」

一人の若い鍛冶師が、熱い眼差しでダクレスに訴えかけた。彼は、これまでダクレスの店に手伝いに来ていた鍛冶師の一人だった。

「俺もだ! 親方の下で、ミーア鉱の技術を学びたい!」

「私もです! この村の鍛冶師として、王国に貢献したい!」

次々と、他の鍛冶師たちからも声が上がった。彼らは皆、新しい技術への探求心と、村の、そして王国の発展に貢献したいという熱意に満ちていた。

ダクレスは、集まった鍛冶師たちを一人一人見つめた。彼らの真剣な眼差し、そして自分への信頼。それは、彼が長年夢見てきた光景だった。

「…皆、ありがとう」

ダクレスは、深く頭を下げた。その声は、喜びと感動で震えていた。

結局、村のすべての鍛冶師が、ダクレスの鍛冶屋で働くことになった。それは、ダクレスが率いる、新たな「鍛冶師集団」の誕生を意味していた。彼らをまとめ、新しい工房で協力して仕事を進めていくことは、決して簡単なことではないだろう。しかし、ダクレスの顔には、困難を乗り越える覚悟と、未来への希望が満ち溢れていた。

「新しい工房が完成するまでは、各自、今の場所で準備を進めてくれ! そして、工房が完成したら、皆で力を合わせ、ヴァルハルト王国に最高の品々を届けよう!」

ダクレスの言葉に、鍛冶師たちは一斉に歓声を上げた。村の鍛冶の歴史に、新たな一ページが刻まれようとしていた。エメリアは、その光景を静かに見つめながら、自分の『改造』スキルが、このように多くの人々の心を動かし、未来を切り開いていることに、深い喜びを感じていた。