第41話 新しい工房と、もう一つの変化

新しい工房の建設は、村を挙げての一大事業となった。領主様の命を受けた建築職人たちは熟練の技で、堅牢で広々とした建物を急速に組み上げていく。村人たちも、材料の運搬や簡単な作業を手伝い、その進捗を見守る目は希望に満ちていた。エメリアも、鍛冶屋のダクレスの店に通う合間に、新しい工房の様子を見に行くのが日課になっていた。想像以上に大規模な工房は、この村の、そしてヴァルハルト王国の未来を象徴しているかのようだった。
ダクレスは、新しい工房の設計や、ミーア鉱の生産計画の策定に忙殺されていた。王都からの視察団も頻繁に訪れるようになり、彼は連日、工房と村役場を行き来する日々が続いていた。
エメリアは、そんなダクレスを間近で見ながら、ミーア鉱のさらなる研究と、鍛冶師としての技術向上に励んでいた。二日おきに朝から鍛冶屋に通い、他の若い鍛冶師たちと共に汗を流す。ミーア鉱の加工は順調に進み、新しい工房が完成すれば、さらに生産を拡大できるだろう。
しかし、エメリアの心の中には、あの夢で聞いた「声の主」の言葉が常に響いていた。
《お前がこれまで行ってきたことは、その力のほんの一部に過ぎない》 《ありとあらゆるものを『改造(変換)』する》
鍛冶の技術を磨くことは、確かに重要だ。だが、このスキルの真の本質は、もっと広範なものだと、彼女は感じ始めていた。
ある日の午後。食堂の裏庭で、エメリアはエルアラと一緒に、色褪せた古い木製の椅子を修理していた。椅子の脚はグラグラで、座面もささくれ立っている。
「あら、エメリア、この椅子はもうずいぶん古くなったから、新しいものと取り替えるべきかしらね」
エルアラが諦めたように言った。
(でも、まだ使えるはず…)
エメリアは、椅子のグラグラする脚をじっと見つめた。鍛冶屋で金属の歪みを直すように、この木の歪みも直せないだろうか? 彼女は、その椅子の「構造」が、まるで歪んだ金属のように見えてきた。そして、この歪みを「改変」したいと、強く願った。
エメリアが椅子の脚に触れると、ごく微かな、温かい光が彼女の指先から流れ込んだような気がした。鍛冶屋でミーア鉱に触れた時と同じ感覚だ。そして、彼女の意識の奥で、何かが「カチリ」と音を立てた。
椅子が、微かに軋む音を立てた。そして、グラグラしていた脚が、信じられないほどしっかりと地面に固定されたのだ。座面のささくれも、触ると驚くほど滑らかになっている。
「あら、不思議ね! まだ修理もしていないのに、急にしっかりしたわ!」
エルアラは、椅子が安定したことに驚き、不思議そうな顔でエメリアを見た。エメリアは、何も言わずに微笑んだ。
その日の夕食時、エメリアは、ロランが以前持ち帰った魚の出汁のレシピを眺めていた。あの時の出汁は美味しかったが、まだどこか物足りなさを感じていた。もっと、深みのある、複雑な旨味が出せないだろうか。
(この世界の魚の出汁は、まだ荒い部分がある。もっと工夫すれば、あの頃の味に近づけるはず…)
「お兄ちゃん」
エメリアは、隣に座っていたロランにそっと声をかけた。
「あの魚の出汁のスープ、すごく美味しいんだけど、もしかしたら、もう少し小さい魚を乾燥させて使ってみたり、あるいは、煮出す時間を変えてみたら、もっと深い味になるかもしれないよ?」
「乾燥させた小魚…?」
ロランは眉をひそめ、すぐに納得する様子は見せなかった。彼がこれまでの出汁作りの常識を頭の中で巡らせているのが分かる。しかし、次の瞬間、彼の顔に閃きが走った。
「…いや、待てよ。確かに、狩りで獲った肉を乾燥させると旨味が増す、なんて話は聞くが…魚も、そうなのか!」
彼の目が輝いた。
「城の料理人も、まだそこまで試していなかったはずだ。よし、今度、城に戻ったらすぐに試してみる!」
エメリアの『改造』スキルは、今や金属だけでなく、木材の構造へとその力を広げていた。そして、前世の知識からくる彼女の洞察力は、ロランの料理の腕をさらに高めるきっかけを与えた。あの「声の主」が言っていた「ありとあらゆるものを改造(変換)する」という言葉の意味が、少しずつ、しかし確実に、現実のものとなりつつあった。エメリアは、秘めたる力の広がりと、それがもたらす可能性に、静かな興奮を覚えていた。王都行きはまだ先だが、彼女の探求は、すでに新たなステージへと進んでいたのだ。
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