第42話. 膨らむ工房と、土の囁き

新しい工房の建設は、村を挙げての一大事業として、日ごとにその姿を変えていった。鍛冶屋のダクレスは、連日、王都からの視察団への対応や、ミーア鉱の生産計画、そして新しい工房の設備配置の細部に至るまで、目を光らせていた。ダクレスの熱意は他の鍛冶師たちにも伝わり、彼らは完成を心待ちにしながら、既存の鍛冶場で技術の研鑽に励んでいた。
エメリアは、二日おきに朝から鍛冶屋に通い、ミーア鉱の加工技術を深めていた。炉の火加減、ハンマーの打ち方、冷却槽の管理。一つ一つの工程を体で覚えながら、彼女の『改造』スキルは、ミーア鉱の内部構造をより詳細に、そして精緻に把握できるようになっていた。
しかし、彼女の心には、あの夢で聞いた**「声の主」の言葉**が常に響いていた。
《お前がこれまで行ってきたことは、その力のほんの一部に過ぎない》 《ありとあらゆるものを『改造(変換)』する》
鍛冶の技術を磨くこと。それは、確かに重要だ。だが、このスキルの真の本質は、もっと広範なものだという実感は、日増しに強くなっていた。
ある日の午後、エメリアは新しい工房の建設現場を訪れていた。巨大な木材が組み上げられ、石が積まれていく様子は、まるで生き物が成長しているかのようだ。その中で、彼女の目に留まったのは、地面に積まれた大量の土嚢だった。工房の基礎を固めるために運び込まれた、普通の土だ。
(この土…もし、もっと強固なものにできたら…)
エメリアは、ふとそんなことを考えた。雨で流されたり、脆く崩れたりする土ではなく、まるで石のように硬く、しかし加工しやすいような土。彼女は、近くにあった土嚢の一つにそっと手を触れた。
『改造』スキルが、微かに反応する。指先から温かい光が流れ込み、土嚢の中の土の粒子が、まるで顕微鏡で拡大されたかのように、エメリアの意識の中で鮮明に浮かび上がった。そして、彼女は、その粒子の一つ一つを、もっと密に、もっと結合力のある「構造」へと変換することを強く願った。
エメリアの集中が最高潮に達したその時、土嚢の中の土から、ごく微かな、しかし確かな**「軋む」ような音**が聞こえた気がした。彼女が手を離すと、土嚢は見た目には何の変哲もない。しかし、試しに指で押してみると、その土は明らかに以前より硬く、しっかりとした感触になっていた。まるで、粘土を焼いたレンガのような、しかしそれよりも均一で強固な手応えだ。
「あれ? エメリア、何してるんだい?」
近くで作業をしていた建築職人の一人が、エメリアの様子を見て声をかけてきた。エメリアはとっさに手を引っ込め、何でもないという顔で微笑んだ。
「ただ、土がどんな感じかなって…」
建築職人は不思議そうな顔をしながらも、特に気に留める様子もなく作業に戻っていった。
食堂に戻ったエメリアは、興奮を隠しきれなかった。金属や木材に続き、今度は土という無機質な素材にまで『改造』スキルが作用したのだ。それは、強度を高めるだけでなく、結合力を変えるという、さらに精密な「変換」だった。
(この力があれば、建築の素材も、農業の土壌も、もっと良くできるんじゃないだろうか…?)
エメリアの心には、王都でのミーア鉱の技術普及とは別の、もっと個人的で、しかし広大な可能性への扉が開いたことを実感していた。ダクレスがミーア鉱の「総代表」として王国の産業を動かす一方で、エメリア自身の『改造』スキルは、その本質を隠しながら、この世界の「ありとあらゆるもの」をより良くしていく道を、静かに、しかし着実に歩み始めていた。それは、彼女自身の新たな挑戦の始まりだった。
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