第44話. 打ち明ける真実と、秘めたる誓い

2025年7月27日

翌朝、朝食の準備を手伝うエメリアは、どこか両親の様子がおかしいことに気づいていた。トーマスエルアラは、いつもより口数が少なく、互いに視線を交わすたびに、どこか重苦しい空気を纏っている。彼らの視線が、時折、エメリアへと向けられるたびに、彼女の胸はざわついた。まるで、何か大切な話が始まる前の、張り詰めた静けさのようだった。

朝食を終え、ルークが裏庭で遊び始めたのを見計らって、トーマスがエメリアに切り出した。

「エメリア。少し、話があるんだ」

エルアラもまた、真剣な眼差しでエメリアを見つめている。エメリアは、とうとうこの時が来たかと、静かに頷いた。食堂の片隅、窓から差し込む朝日の光が、緊張した三人を照らしていた。

トーマスは、ゆっくりと、しかしはっきりと語り始めた。

「エメリア、お前がミーア鉱の件で、ダクレス親方と取り組んでくれたこと、そして新しい工房の建設にも繋がったこと、私たちは心から誇りに思っている。お前が食堂の手伝いをしながら、鍛冶の技術を学び、村のために貢献してくれていることに、感謝しているんだ」

そこまでは、いつも聞く、親からの優しい言葉だった。しかし、エルアラが言葉を継いだ時、空気がさらに張り詰めた。

「だけどね、エメリア。お父さんも私も、ずっと気になっていたことがあるのよ。この間、裏庭の古い椅子を直してくれた時、あなたは何も道具を使っていなかったでしょう? それなのに、あんなにグラグラだった椅子が、まるで新品のように安定した。あれは、どういうことなの?」

エルアラの問いに、エメリアは息をのんだ。やはり、あの椅子の一件を、両親は不審に思っていたのだ。

「そして…お前が神官様から授かったと言われた**『改造(モディフィケーション)』のスキル**のことだ」

トーマスの言葉に、エメリアの心臓が大きく跳ねた。そうか、両親はスキルの名前を知っているのだ。彼らが不安に思っているのは、スキルの存在そのものではなく、その**「具体的な内容」**と、それがどのように発現しているのか、ということなのだ。彼女は、どこまで話すべきか迷った。あの「声の主」から、スキルの真の応用範囲と源泉を隠すよう言われている。しかし、これ以上、両親に嘘をつくことは、彼女には耐えられなかった。何よりも、両親の不安そうな顔を見るのが辛かった。

意を決し、エメリアは静かに、しかし決然とした声で語り始めた。

「お父さん、お母さん…私の『改造』のスキルは、ただの道具作りや鍛冶の才能とは少し違うの」

彼女は、両親が理解できるよう、慎重に言葉を選んだ。

「それは、私が触れたものを、**その『構造』を頭の中で理解して、『より良い形』に『変える』**ことができる力なの」

エメリアは、自分の手のひらを見つめた。

「言葉で説明するのは難しいんだけど…例えば、ミーア鉱もそう。あの時、私はミーア鉱に触れて、その構造を頭の中で『見て』、どうすればもっと良いものになるか、そう、『変える』方法が分かったの。だから、炭を混ぜたり、水に浸したりすればいいって、ダクレスさんに伝えることができた。あの椅子も、グラグラしている部分の木の繊維を、もっと強く、ぴっちりと結合するように『変えた』の」

エメリアは、自分が理解している範囲で、できる限り具体的に、そして、嘘偽りなく説明しようとした。しかし、スキルの根源や「声の主」の存在については、深く踏み込まないよう言葉を選んだ。彼女は、あくまで自分の「触れたものを理解し、変化させる能力」として説明した。

トーマスエルアラは、エメリアの言葉を、信じられないという表情で聞いていた。彼らの顔には、驚き、困惑、そして、深い不安が入り混じっていた。彼らは、エメリアが「改造スキル」を持っていることは知っていたが、それが**「物を直接、構造から変化させる力」**であるとは、想像もしていなかったのだ。

「物を…構造から変えるだと? それは…まさに、魔法ではないか…」

トーマスが、震える声で呟いた。彼の頭の中では、これまでのエメリアの不可解な行動が、全てこの「物を変える力」という言葉で説明されていくのを感じていた。L字金具の提案、ミーア鉱の変貌、そしてあの椅子の修理。

「この力は、いつから…? なぜ、今になって…?」エルアラが、青ざめた顔で尋ねた。

エメリアは、正直に答えた。

「はっきりと分かって、使えるようになったのは、ダクレスさんのところでミーア鉱に触れてからだと思う。でも…きっと、もっと前から、私の中にあったんだと思う」

両親の間に、重い沈黙が流れた。彼らは、娘が恐ろしい秘密を抱えていたこと、そして、その秘密がどれほどの危険を伴うものなのかを、今、改めて実感していた。

「この力が、もし他の者に知られたら、どうなると思うんだい?」

トーマスが、辛そうな顔で尋ねた。彼の声には、娘を案じる親の、切実な響きがあった。

「エメリア、私たちは、お前を守りたい。だから、お願いだ。この力の本当の詳しい内容、つまり、お前が触れるだけで物を変えられるということや、その力の広がりについては、誰にも…ダクレスさんにも、ルークにも、決して話してはならない。分かったな?」

エルアラの瞳は、涙で潤んでいた。娘の計り知れない能力を知り、それを守り抜くことの重責が、彼女の心にのしかかっていた。

エメリアは、両親の不安が、自分への深い愛情から来ていることを理解していた。彼女は、静かに頷いた。

「はい、お父さん、お母さん。誰にも話さない。この力のことは、私だけの秘密にする…約束する」

その言葉に、トーマスエルアラは、少しだけ安堵の表情を見せた。しかし、彼らの胸の奥には、理解を超えた能力を抱えた娘への、尽きることのない心配が残り続けた。そして、エメリアもまた、大切な秘密を守り抜くという、新たな決意を胸に刻んだのだった。