第45話. 家族の秘密、そして新たな覚悟

2025年7月27日

両親に『改造』の秘密を打ち明けた翌朝。食堂の空気は、以前よりもどこか張り詰めていた。トーマスエルアラは、エメリアに対する愛情は変わらないものの、彼女を見る目に、これまでになかった複雑な感情が宿っているのを、エメリアは感じていた。それは、得体の知れない力への戸惑いと、愛する娘を案じる深い心配りだった。彼らは、エメリアがうっかり秘密を漏らさないよう、会話の端々でそれとなく釘を刺すこともあった。

エメリアもまた、両親にすべてを話せなかったことに、胸の奥で痛みを覚えていた。自分が**「前世の記憶」を持ち、それによって得た知識や、「声の主」**という存在からスキルが与えられたこと。これだけは、どうしても話すことができなかった。それは、両親を守るためだと自分に言い聞かせた。理解を超えた真実が、彼らをさらに不安にさせるだろう。だが、それでも、大切な家族に嘘をつき続けることへの葛藤は消えなかった。

しかし、両親の不安を目の当たりにしたことで、エメリアの心には、ある明確な覚悟が芽生えていた。

(私の『改造』の力は、誰にも知られてはいけない。この能力の真の範囲と源泉は、私だけの、秘密の力…)

彼女は、自分の能力をどのように使うべきかを、より深く考えるようになった。ダクレスがミーア鉱の技術を広め、村の経済を潤すという「表」の貢献があるならば、自分は『改造』スキルを使って、もっと人知れず、この世界の「底上げ」をするべきではないか。人々の暮らしに寄り添い、小さな不便を解消していく。

そんな覚悟を胸に秘めながらも、エメリアはいつも通り、二日おきに鍛冶屋へと通った。新しい工房の建設は、基礎部分が固まり始め、徐々に壁が立ち上がっていく段階に入っていた。ダクレスは相変わらず多忙を極めており、ミーア鉱の生産は、熟練の鍛冶師たちが中心となって進められていた。エメリアは彼らと共に作業しながら、ミーア鉱の特性をさらに深く探求する日々を送っていた。

ある日の夕方、鍛冶場から家路を急ぐエメリアの目に、村のはずれにある共同井戸の様子が目に留まった。村人たちが生活用水を汲みに来る、重要な場所だ。しかし、最近は水量が減り、汲み上げるのにも時間がかかるようになっていた。井戸の周りには、水汲み桶を持った村人たちが、列を作って待っているのが見える。彼らの顔には、うんざりとした疲労の色が浮かんでいた。

(この井戸、もっと深く掘るか、水脈を広げられれば…)

エメリアは、その井戸の構造を頭の中で思い描いた。井戸の壁に使われている石の層、地下を流れる水脈、そして水が湧き出す層。もし、以前、工房の基礎のために運び込まれた土嚢の土を強くしたように、井戸の周囲の土や岩盤を「改造」し、水が流れやすいようにできれば? あるいは、枯れかけた水脈を活性化させることなどできないだろうか?

彼女は、誰にも気づかれないよう、共同井戸のそばにある石にそっと手を触れた。

(この井戸の、水の流れを…もっと良くしたい)

強く念じると、エメリアの指先から、ごく微かな、しかし確かな温かい光が石に流れ込んだ。彼女の意識の中で、井戸の地中深くに広がる水脈の様子が、まるで透視するかのように鮮明に浮かび上がる。水の流れを阻害している硬い岩盤、狭くなった水路…それらが、まるで土のように柔軟に、彼女の意図するままに「変容」されていくイメージが脳裏に描かれる。

ごくわずかな間だった。エメリアが手を離しても、井戸は何も変わらないように見える。しかし、その夜から、村の共同井戸の水量は、目に見えて増え始めた。汲み上げられる水の勢いは以前よりも力強くなり、桶を満たす時間も格段に短くなった。

「あら、最近、井戸の水が増えたみたいね!」 「本当だ! 水汲みが楽になったぞ!」

翌日から、水汲みに来た村人たちの間で、そんな会話が交わされるようになった。彼らは、それがまるで自然の恵みであるかのように喜び、井戸の神に感謝を捧げていた。

エメリアは、その様子を遠くから眺めながら、心の中で静かに微笑んだ。自分の力が、人知れず村の生活を豊かにしている。両親との秘密の約束、そして「声の主」が語った『ありとあらゆるものを改造する』という言葉。その真の意味が、また一つ、現実のものとなっていた。

ミーア鉱の成功は、この村に富と発展をもたらすだろう。しかし、エメリアが人知れず行う『改造』は、日々の暮らしの中に、静かながらも確実な「豊かさ」と「便利さ」をもたらし始めていた。それは、彼女にとって、両親の不安を払拭し、自分の能力の価値を証明していく、新たな道筋となったのだった。