第48話. 土壌の変化、そして残る課題
エメリアの助言から数日後、彼女は再びあの畑を訪れた。遠目からでも、農夫たちが鍬を振るう姿が見える。彼らの表情は、以前のような絶望感ではなく、期待とわずかな困惑が入り混じったものになっていた。
「おお、エメリアちゃん! 見てくれよ!」
グスタフが興奮した声で手招きする。エメリアが畑に足を踏み入れると、確かに土は以前よりも柔らかくなっていた。鍬を入れると、硬い岩盤のような抵抗ではなく、ふわりとした感触がある。表面の色も、わずかに深みを増しているように見えた。
「エメリアちゃんが言った通り、深く耕して、川砂と灰を混ぜてみたんだ。水を撒いたら、ぐんぐん吸い込んでいってな。そしたら、なんだか土が生き返ったみたいで…」
別の農夫が、驚きと喜びを込めて言った。村人たちは、エメリアの助言が確かに効果を発揮したことに感嘆し、これは畑の神からの恵みだと口々に語っていた。
(うん、確かに柔らかくなってる。表面的には、かなり改善されたみたい…)
エメリアは土を手のひらに取り、指で軽くこねてみた。粘り気が減り、空気を多く含んでいるのが分かる。これは、まさに彼女が『改造』スキルによって「啓示」された理想の土壌に近い状態だ。しかし、彼女の意識の奥では、スキルの視点が、まだ完全ではないことを示していた。
(土の深層部には、まだ硬い層が残っている。それに、根が深く伸びるための最適な栄養バランスには、まだ足りないものがある…このままでは、一時的な改善にしかならないかもしれない)
表面的な土壌の改善は見られたものの、根本的な問題、特に地下深くに存在する硬い層や、特定の微量栄養素の欠乏までは、彼女の助言だけでは完全に解決できていないことを、スキルが静かに示唆していた。彼女の言葉通りに農夫たちが作業した結果、確かに土は良くなったが、それはあくまで「土壌改良材と深い耕作」という物理的な手法によるものだった。彼女のスキルが提供した「最適解」は、それだけでは終わらない、もっと深淵なレベルでの**「構造の変容」**を求めていたのだ。
エメリアは、グスタフたちの喜びようを見て、無理に深層部の問題まで指摘することはしなかった。彼らにとっては、これだけでも十分な奇跡だったからだ。しかし、彼女の心の中では、次なる段階への模索が始まっていた。
(このままでは、数年後にはまた同じ問題が起きるかもしれない。私が直接触れずに、この問題を完全に解決する方法は…? あるいは、もしどうしても必要な時が来たとして、誰にも悟られずに、ごく僅かにスキルを作用させることはできないだろうか…?)
「グスタフさん、これからも、時々畑の様子を見に来てもいいですか? もしかしたら、もっと良い方法が見つかるかもしれませんし」
エメリアは、あくまで「勉強のため」という体で、畑に通い続ける許可を得た。彼女は、この畑を長期的に観察し、次の手を考えることにした。畑の神の恵みとして受け入れられた今回の成功は、同時に、エメリア自身の「限界」と「次なる課題」を浮き彫りにしていた。
彼女は知っていた。この『改造』スキルは、まだまだ奥が深い。そして、それを人知れず、完璧に制御しながら使いこなすには、さらなる試行錯誤と、絶妙なバランス感覚が求められるだろう。失敗と成功を繰り返しながら、エメリアは『改造』スキルの真髄へと、少しずつ近づいていく。そして、その過程で、彼女自身の覚悟もまた、揺るぎないものへと変化していくのだった。
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