第50話. 芽吹く恵み、王都への道

井戸の水の改善が村中に喜びをもたらして以来、エメリアの心は、これまでにない充実感に満たされていた。畑の土壌改良の件も、その後順調に作物が育ち始め、農夫たちの顔には希望の光が宿っていた。直接的な『改造』を隠しながらも、その成果が人々の暮らしを豊かにしていくのを目の当たりにするたび、エメリアは自らの選んだ道が間違っていないと確信した。

(私にできること…この秘密の力を使って、この世界を少しずつ、より良くしていくことなんだ)

彼女は、食堂での手伝いや、時折の鍛冶屋への顔出しは続けるものの、以前のように特定の場所に縛られることはなかった。自由な時間を使って、村の中を歩き、人々の声に耳を傾け、どこに『改造』の種が隠されているのかを探すのが日課となっていた。古くなった道具、修理が必要な小屋、あるいはもっと些細な、日々の生活における「不便」。それら一つ一つが、エメリアにとってはスキルを試す新たな「問題」であり、同時にこの世界の未開拓な可能性を示唆していた。

特に、鍛冶屋の新工房が完成し、ミーア鉱の加工が軌道に乗ってからは、村には確かな活気が戻っていた。王都との交易も活発になり、職人たちは新しい技術を学ぶことに意欲的だ。ダクレスは、エメリアのアイデアがもたらした変革の大きさに、今も感謝を口にする。しかし、エメリアは、その功績の大部分が、ダクレス自身の努力と、村人たちの協力によるものであることを知っていた。

ある晴れた午後、エメリアが畑の様子を見に行くと、グスタフが満面の笑みで彼女に駆け寄ってきた。

「エメリアちゃん! 見てくれ! ほら!」

グスタフが指差す先には、青々とした若葉がびっしりと生い茂る畑が広がっていた。例年よりも茎は太く、葉の色も濃い。明らかに、健全な成長の兆しを示していた。

「こんなに早く、こんなに元気に育つなんて、今までになかったことだ! 井戸の水の恵みと、お前さんの言ってくれた土のやり方が、本当に効いたんだなあ! まさに神様からの贈り物だ!」

グスタフの言葉に、他の農夫たちも深く頷いている。彼らの純粋な感謝の眼差しに、エメリアは胸が熱くなった。

(これも、私の力が、間接的にではあるけれど、この世界にもたらした恵み…)

彼女の心に、ある感情が芽生えた。この村は、ミーア鉱の成功と、彼女の小さな『改造』の恩恵を受け、確かに変わり始めていた。だが、この世界は広い。村の外には、もっと多くの人々が、様々な困難に直面しているはずだ。

その夜、夕食の食卓で、エメリアは両親に切り出した。

「お父さん、お母さん…私、一度この村を出て、旅に出てみたいと思っているの」

トーマスエルアラは、顔を見合わせた。驚きと、不安が入り混じった表情だ。

「旅、だと? まだ早いんじゃないか、エメリア。それに…お前のその力は…」トーマスが言葉を選びながら尋ねる。

「大丈夫よ、お父さん。私は、約束は破らない。それに、もうこの村でできることは、ある程度やった気がするの。ミーア鉱も軌道に乗ったし、村の畑も井戸も、今は落ち着いている。もっと色々なものを見て、もっと色々なことを知りたい。私のこの力が、この世界の他の場所で、どんな風に役立てられるのか…それを知りたいの」

エメリアは、真剣な眼差しで両親を見つめた。彼女の目には、新しい知識への探求心と、人々を助けたいという強い意志が宿っていた。両親は娘の成長と、その真剣な眼差しに、やがて頷いた。しかし、10歳の子どもが一人で旅に出ることは、あまりにも危険だ。

数日後、トーマスは村の代官を通じて、娘のエメリアが領地外への旅を希望している旨を記した許可届を領主に提出した。数日後、予期せぬことに、領主からの呼び出しがあった。

領主邸の重厚な応接室で、エメリアは両親と共に領主と対面した。威厳のある領主は、エメリアをじっと見つめた後、静かに口を開いた。

「エメリア・エルヴァンスよ。ミーア鉱の件では、そなたの並外れた才覚により、この領地に多大な恩恵がもたらされた。そなたは、自身の恩賞として、個人的な富や地位を望まず、村全体の繁栄のために新しい工房の建設を求めた。その高潔な精神、そしてこの領地への貢献に、深く感謝する」

領主の言葉に、エメリアは背筋を伸ばした。領主は一旦言葉を区切り、再びエメリアへと視線を向けた。

「代官から、そなたが旅に出たいと願っていると聞いた。しかし、そなたほどの才がある者が、独り無計画に旅に出るのは惜しい。むしろ、その才能をさらに伸ばす場を与えるべきだと私は考える」

領主の言葉に、エメリアは息を飲んだ。

「ついては、そなたには王都にある平民学校への入学を許可する。そこでは、この領地では得られない、より高度な知識や学問を修めることができるだろう。この提案を、そなたへの報奨としたい」

予期せぬ申し出に、エメリアは目を見開いた。王都の平民学校は、この世界のあらゆる知識が集まる場所だと聞いている。何より、領主の公的な許可と後押しがあれば、安全に旅立つことができる。

「王都までの道中も、心配はいらない。護衛付きの馬車を手配しよう。王都の学校関係者にも、私から話を通しておく」

領主の計らいに、トーマスとエルアラも驚きを隠せない。これほどまでの厚遇は、予想していなかった。

「ありがとうございます、領主様! この恩に報いるため、必ずや学びを深め、将来、領地のために尽力いたします!」

エメリアは、深く頭を下げた。心の中で、新たな誓いを立てていた。この王都での学びは、自分の『改造』スキルをさらに研ぎ澄ませ、人知れず世界をより良い方向へと導くための、大きな一歩となるだろう。

数週間後、エメリアは護衛付きの立派な馬車に乗り込み、村の門をくぐった。トーマスエルアラ、そしてまだ幼いルークが見送りに来ていた。ルークが寂しそうにエメリアの服の裾を引く。

「お姉ちゃん、すぐ帰ってくる?」

「ええ、もちろんよ。きっと、もっと面白い話を持って帰ってくるわ」

エメリアはルークの頭を優しく撫で、両親に深く頭を下げた。彼らの心配そうな顔に、彼女は改めて決意を新たにする。この秘密の力は、家族を守るため、そしてこの世界の多くの人々を助けるために使うのだ。

馬車はゆっくりと走り出し、慣れ親しんだ村の景色が遠ざかっていく。村での生活は一旦、終わりを告げ、彼女の『改造』の旅が、今、始まるのだった。