第51話. 王都の喧騒と、新たな学びの予感
馬車は、村の門をくぐると、舗装された街道をゆっくりと進み始めた。揺れる車窓からは、見慣れた森や畑の景色が次第に遠ざかっていく。エメリアは、後ろを振り返り、小さくなっていく村の家々を目に焼き付けた。家族の温かい見送りを思い出し、胸の奥に温かいものが広がる。
馬車には、領主が手配してくれた屈強な護衛が二人同乗していた。彼らは寡黙だったが、時折エメリアに気を配り、旅の安全を保障してくれているのが分かった。エメリアは、護衛の視線を意識しながらも、外の景色に意識を集中させた。
(これが、村の外の世界…)
街道沿いには、村では見かけなかった大きな集落や、豊かな農地が広がっていた。時折、他の行商人らしき馬車や、旅人ともすれ違う。すれ違う人々は皆、村人とは異なる服装や顔つきをしており、エメリアの好奇心を刺激した。彼女の『改造』スキルは、常に周囲の「素材」に意識を向けていたが、ここではこれまでとは比較にならないほど多様な素材、そしてそれらを加工した「物」が存在していた。
道中、エメリアは護衛に気づかれないよう、馬車の座席の木材や、護衛が持つ剣の柄など、身近なものに意識を集中させてみた。
(この木材は、村の木とは少し違う…繊維の密度が均一じゃない。剣の柄も、加工は丁寧だけど、握り心地を最適化するなら、もう少し形状を…)
前世の知識と、それに連動する『改造』スキルが、無意識のうちに目の前の物の「構造」を分析し、改善点を導き出そうとする。しかし、ここでは村のように、すぐに「試す」ことはできない。彼女は、その衝動を抑え、ひたすら観察することに徹した。
数日後、馬車は小高い丘を越え、眼下に広がる光景に、エメリアは息を呑んだ。
「…あれが、王都…」
護衛の一人が、静かに呟いた。視線の先には、巨大な城壁に囲まれた、広大な都市が広がっていた。村の何十倍もの家々がひしめき合い、遠くにはいくつもの塔が天を突いている。村の素朴な建物とは異なり、石造りの重厚な建築物や、色とりどりの屋根が連なり、活気に満ちた喧騒がここまで届いてくるようだった。
王都の門をくぐると、馬車は瞬く間に人々の波に飲まれた。道行く人々は、村とは比べ物にならないほど多く、様々な身なりの者が行き交っている。貴族らしき華やかな馬車、行商人の荷車、そして活発に働く職人たち。耳に届くのは、聞いたことのない方言や、異国の言葉すら混じっているようだった。
(なんて…広いんだろう。そして、たくさんの人、たくさんの物…)
エメリアの心は、期待と、わずかな不安で高鳴っていた。この場所で、彼女はどんな知識を得て、どんな人々と出会い、そして、自分の『改造』スキルをどう活かしていくのだろうか。
馬車は、やがて王都の一角にある、質実剛健な建物群の前で止まった。ここが、平民学校だった。周囲には、エメリアと同じくらいの年齢の子供たちが、真新しい制服に身を包み、活発に行き交っている。彼らの顔には、知的好奇心と、未来への希望が満ち溢れていた。
護衛に案内され、学校の事務室で手続きを済ませると、エメリアは寮の部屋へと通された。簡素だが清潔な部屋には、すでに同室となるらしい別の生徒の荷物が置かれていた。
荷物を整理しながら、エメリアは改めて自分の心に問いかけた。
(ここでは、村とは違う。もっと多くの目が、私を見ている。安易にスキルを使えば、すぐにバレてしまうかもしれない。でも…だからこそ、ここでしか学べないことがあるはず)
彼女は、自分の掌を見つめた。この手の中に秘められた力は、この王都で、どれほどの可能性を秘めているのだろう。そして、それを誰にも悟られずに使いこなすには、どれほどの知恵と慎重さが必要になるのだろうか。
王都での生活は、村とは全く異なるものになるだろう。新しい知識、新しい人々、そして、より高度な『改造』への挑戦。エメリアの新たな学びの旅が、今、まさに始まったのだった。
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