第52話.寮の部屋と、初めての同室者

護衛たちが去り、一人になった寮の部屋で、エメリアはゆっくりと自分の荷物を広げ始めた。リーベル村から持ってきた着替えを木製の衣類ダンスにしまい、机の上には、母が持たせてくれた家族の写真と、父が食堂で作ってくれた小さな木彫りの人形を大切に置いた。故郷を離れて初めての夜、家族の温かい笑顔が、エメリアの心を少しだけ和ませてくれた。窓の外からは、校庭で遊ぶ子供たちの賑やかな声が、遠くから聞こえてくる。

荷物の整理を終え、ベッドに腰掛けていると、ガチャリと部屋の扉が開いた。そこに立っていたのは、エメリアと同じくらいの年齢の少女だった。栗色の髪を短く切り揃え、活発そうな印象を受ける。彼女もまた、真新しい制服を身につけていた。少女はエメリアの姿を見ると、少し驚いたような顔をした後、にこやかに微笑んだ。

「はじめまして! あなたが、今日からこの部屋を使う新しい子? 私はリディアン。リディアン・ウェルズよ。よろしくね!」

リディアンは、明るい声で自己紹介し、エメリアの前に差し出された小さな手に、自分の手を重ねた。その手は、小さくも、しっかりとした握り方だった。その無邪気な笑顔に、エメリアの緊張は少しだけほぐれた。

「はじめまして、リディアンさん。エメリア・エルヴァンスです。こちらこそ、よろしくお願いします」

エメリアも笑顔で答えた。リディアンは、エメリアが机の上に置いた家族の写真に目を留めた。

「あら、家族の写真? あなた、リーベル村から来たって聞いたわ。遠くからよく来たわね! 王都は初めて? どんなところか、もう見た?」

リディアンは興味津々といった様子で、矢継ぎ早に質問を投げかけた。彼女の好奇心旺盛な瞳は、エメリアの心を和ませた。

「はい、初めてです。馬車で通ってきただけですが、とても賑やかで、驚いています。リーベル村とは何もかもが違いますね」

「でしょう? 王都はね、何でも揃ってるし、人もたくさんいて、毎日が発見の連続よ! 私も最初はそうだったわ。特に、広場のお祭り騒ぎはすごいのよ!」

リディアンは、すでに自分の荷物を整理し終えているようだった。彼女のベッドの上には、読みかけの本と、可愛らしい刺繍が施されたクッションが置いてある。生活感があり、エメリアの寂しさを紛らわせてくれた。

「ねえ、エメリアは、何でこの学校に入ったの? 私の家は、父が商人でね。将来、商売の算術を学ぶために、ここに通うことになったの。だから、特に算術は得意になりたいわ」

リディアンの質問に、エメリアは少し戸惑った。領主の推薦で来たことは、あまり詳しく話さない方がいいだろう。

「私は、リーベル村で少しだけ勉強していて、それで……グレン校長先生にご縁があって、入学することになりました。特に、物を作ることに興味があります」

エメリアは言葉を選んで答えた。リディアンは特に深く追求することなく、「そうなんだ!」と明るい声で頷いた。

「じゃあ、これから一緒に学校生活、楽しもうね! 分からないことがあったら、何でも私に聞いてね! 私、この学校のことなら大抵のことは知ってるから、頼ってくれていいわよ!」

リディアンは、まるで姉のように、頼もしい笑顔を見せた。エメリアは、彼女の明るさと親切さに、心の緊張が少しずつ解けていくのを感じた。王都での新しい生活は、不安ばかりではない。リディアンのような、優しい友達もできるのだ。

その夜、二人は互いの故郷の話や、学校の授業について、ベッドに入ってからも小さな声で語り合った。リディアンは、王都での生活の様々なことを教えてくれた。平民学校の授業のこと、先生たちのこと、そして、学校の周りにある美味しいパン屋のことまで。エメリアは、リディアンの話に耳を傾けながら、これから始まる王都での学校生活が、少しずつ具体的なものになっていくのを感じていた。