第53話:初めての授業と、算術の才能
翌朝、エメリアはリディアンと一緒に、初めての授業に向かった。寮から教室までの道のりも、リディアンが明るく話しかけてくれるので、緊張することなく進むことができた。教室は、木製の机と椅子が整然と並び、黒板の前には初老の女性教師が立っていた。彼女は優しい眼差しで生徒たちを見守っている。リディアンは教室に入ると、すぐに隣の席を指差し、「ここよ! エメリア、隣に座ってね」とエメリアに合図した。
「みんな、静かに。今日は新しいお友達を紹介します。リーベル村から来られた、エメリア・エルヴァンスさんです。皆、仲良くしてあげてくださいね」
リリア先生の言葉に、クラス中の子供たちの視線が一斉にエメリアに注がれた。エメリアは少し緊張しながらも、皆に笑顔を向けた。
「エメリア・エルヴァンスです。リーベル村から来ました。これから皆さんと一緒に学べることを楽しみにしています。どうぞ、よろしくお願いします」
エメリアが挨拶を終えると、クラスの何人かの生徒が「へえ」「リーベル村から来たんだ」「どんな子だろう」と小さな声で呟いた。リディアンの隣に座ると、リリア先生は授業を再開した。今日の授業は、この世界の歴史についてだった。リリア先生は、古代の王国がどのようにして興り、どのようにして滅びたのかを、物語を語るように話してくれた。エメリアは、前世の知識があるため、この世界の歴史には疎い部分も多い。興味津々にリリア先生の話に耳を傾けた。
「……そして、栄華を極めた『太陽の王国』は、突如として姿を消しました。その原因については諸説ありますが、未だに謎に包まれています。ある書物には、天空から降ってきた災厄によって滅んだと記されていますし、また別の書物には、内部からの腐敗が原因だとも……皆さんはどう思いますか?」
リリア先生の問いかけに、クラスの生徒たちは口々に意見を述べ始めた。「きっと魔物のせいよ!」「いや、疫病だったんじゃないかな」といった声が上がる。エメリアは、黙って耳を傾けた。前世の知識では、文明が滅びる原因は、気候変動や疫病、あるいは戦争など、様々だ。この世界の古代文明も、何か大きな転換期を迎えたのかもしれない。エメリアの心の中で、歴史の謎を解き明かしたいという、新たな知的好奇心が芽生え始めていた。
休憩時間になると、リディアンがエメリアに話しかけた。
「ねえ、エメリア、歴史の授業、どうだった? 私はちょっと苦手なのよね。覚えることが多くて、いつも頭がごちゃごちゃになっちゃうわ」
「面白かったわ。色々な説があるのが、興味深い」
その時、クラスの数人の生徒が、エメリアの周りに集まってきた。
「君、本当にリーベル村から来たんだって? 王都は初めて? どんな村なの? 田舎って、やっぱり不便なの?」
一人の男子生徒が、少しからかうような口調で尋ねた。リディアンが少し顔をしかめたが、エメリアは笑顔で答えた。
「はい、王都は初めてです。私のリーベル村は、とても小さな場所だけど、みんな親切で、自然がいっぱいです。不便なこともあったけど、それもまた良いところでした」
すると、その男子生徒の隣にいた、少し控えめな雰囲気の少年が口を開いた。彼は「トール」と名乗った。
「珍しいものとか、何かあるの? 王都にはないようなものとか」
「うーん、そうですね……。リーベル村では、最近、新しい井戸ができて、とても水がおいしくなったんですよ。前は少し泥っぽかったりしたんですが、今はとてもきれいな水が湧くんです。リーベル村の人たちも、とても喜んでいます」
エメリアがそう言うと、子供たちは目を丸くした。
「井戸? 王都では、どこでも蛇口をひねれば水が出るのに?」
先ほどの男子生徒が驚いたように言った。
「そうか、村には水道がないのか。大変だね」
トールが同情するように呟いた。子供たちの反応に、エメリアは少し複雑な気持ちになった。リーベル村の井戸は、エメリアが『改造』スキルを使って改善したものだ。しかし、この世界の王都では、水道というものが当たり前にある。技術の進歩の差を改めて感じた。同時に、自分が持つ「知識」と「スキル」が、この世界の発展に貢献できる可能性を改めて認識した。
その日の午後、算術の授業があった。リリア先生が出す簡単な計算問題は、エメリアにとっては容易いものだった。前世の知識で、もっと複雑な計算も習っていたからだ。しかし、この世界の算術の記法や単位系は、エメリアの前世の知識とは異なるため、少し戸惑うこともあった。それでも、エメリアはすぐにその違いに適応し、正確に問題を解いていった。
リリア先生が黒板に書いた、少々複雑な足し算と引き算の問題を、エメリアはあっという間に解き終え、手を挙げた。リリア先生が指名すると、エメリアは淀みなく答えを述べた。リリア先生は驚いたような顔をして、エメリアを見た。
「エメリアさん、素晴らしいわね! とても速い。そして正確だ。何か特別な訓練を受けていたのかしら? 私が教えている生徒の中でも、ここまで速く正確に答えられる子は珍しいわ。これは才能よ」
「いえ、少しだけ、計算が得意なだけです。父が食堂を営んでいて、よく材料の数や会計の計算を手伝っていましたから、数を数えるのは好きなんです」
エメリアは謙遜して答えた。リリア先生は笑顔で頷き、エメリアの答えを黒板に書き込んだ。クラスの他の生徒たちも、エメリアの速さに驚いたようだった。リディアンも、「すごいね、エメリア! 私も教えてほしいわ!」と感心したように言った。
授業の終わりには、リリア先生がエメリアに話しかけてきた。
「エメリアさん、素晴らしいわね。新しい環境にもすぐに慣れて、算術の理解も早い。あなたはきっと、この学校で多くのことを学ぶことができるでしょう。何か困ったことがあったら、いつでも私に声をかけてちょうだいね。いつでも力になるわ」
「はい、ありがとうございます。リリア先生。この学校で、たくさんのことを学びたいです」
エメリアはリリア先生に深々と頭を下げた。この世界の知識を吸収することに喜びを感じていた。ここでの学びが、いつかリーベル村の人々を助けることに、そして、この世界のより良い未来に繋がると信じていたからだ。新しい場所での、新しい出会い。エメリアの心は、希望に満ちていた。
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