第54話.図書室の宝物「アダマント」と、閃きの連鎖
学校での生活にもすっかり慣れてきた頃、エメリアは放課後、図書室で過ごす時間が増えていた。広大な蔵書の中から、特に興味を引かれたのは、この世界の様々な素材について記された分厚い図鑑だった。図書室のラナ司書は、エメリアが熱心に本を読んでいるのを見て、いつも優しく微笑みかけてくれた。時には、エメリアが探している本を棚から見つけ出してくれたりもした。
エメリアは、図鑑に載っている素材の一つ一つを熱心に見ていった。リーベル村で目にしたことのある木材や一般的な鉱石、身近な草花など、知っているものもあれば、全く見たことのない珍しい素材もたくさんあった。それぞれの素材の産地、用途、特性などが詳細に記されており、エメリアはまるで冒険に出かけるかのように、ページをめくっていった。
その中で、エメリアの目を強く引いたのは、「アダマント」と呼ばれる伝説の鉱石の記述だった。図鑑の古い紙は、何度もめくられた痕跡があり、多くの人々がこの鉱石に興味を抱いたことが伺えた。
「アダマント……」
エメリアは、そのページに書かれた説明を、何度か反芻した。そこには、「極めて硬く、加工が不可能とされている幻の鉱石」とあった。図鑑の挿絵には、鈍い銀色の光を放つ、いびつな塊が描かれている。その見た目からは、到底、伝説の鉱石とは思えない地味な印象を受けたが、その説明文の「加工不可能」という言葉が、エメリアの**『改造』スキルを強く刺激した**。
エメリアの前世の知識では、アダマントはファンタジー作品に出てくる架空の素材だ。それがこの世界に実在するということに、エメリアは強い好奇心を抱いた。そして、『改造』のスキルが脳裏をよぎり、その応用について「閃き」を与えた。もし、このアダマントを加工することができれば、それはこの世界の技術に革命をもたらすかもしれない。
「加工が不可能、ね……。本当にそうなのかな? 私のスキルで得られた「閃き」を誰かに伝えられれば、もしかしたら……」
エメリアは、アダマントの記述を何度も読み返した。そこには、その硬さゆえに、どのような熱処理を施しても溶けず、いかなる刃物も受け付けないと記されていた。過去の賢者や熟練の鍛冶師たちが、幾度となくその加工に挑み、しかし誰もが失敗に終わったという記述に、エメリアは挑発されるような感覚を覚えた。彼らが失敗したのなら、自分ならどうだろうか、と。
しかし、エメリアの『改造』スキルが、物質の分子レベルの構造を理解し、望む形に再構築するための「ヒント」を脳裏に提示した。物理的な硬度や耐熱性といった既存の概念にとらわれず、原子間の結合を操作できれば……。その可能性を思考した瞬間、エメリアの脳裏に、アダマントの分子構造が鮮明に浮かび上がった。そして、その構造を「理想の形」、すなわち「加工可能な状態」へと変えるための「最適解の方程式」が、まるで天啓のように「閃き」として降りてきた。
それは、これまでの「閃き」とは、やや異なる性質を帯びていた。アダマントの原子間の結合は、非常に強く、安定している。それを物理的な力で破壊することは不可能に近い。しかし、特定の周波数の音波を当てることで、原子結合を一時的に緩めることができるというのだ。この世界にはない、音波による分子操作という、エメリアの前世の知識をもってしても、最先端の技術でしか実現できないような概念が示された。
「音波……。共鳴現象を使って、原子の結合を一時的に弱めることができるのね……。もし、それをするための道具があれば……」
エメリアは小さく呟いた。もし、この方法が本当に可能ならば、アダマントは「加工不可能」な素材ではなくなる。そして、その応用範囲は計り知れない。武器や防具の素材としてだけでなく、建築資材や、あるいはこれまでにない新たな機械の部品として、その硬度と安定性は、無限の可能性を秘めている。想像するだけで、エメリアの心は躍った。
エメリアは、胸の高鳴りを抑えきれずに、図鑑を静かに閉じた。まだ具体的な形にするには程遠いが、新たな可能性の扉が開いた瞬間だった。この「閃き」は、エメリアがこの王都で、どのような道を進むべきかを示唆しているようにも思えた。彼女の心は、知識への探求心と、新たな挑戦への期待で満たされていった。
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