第59話.協力者アルフレッドと、時計職人エドワードの緻密な技術
エメリアが真鍮の加工に頭を悩ませていたある日、図書室でアルフレッドといつものように本の話をしていた。アルフレッドは、歴史だけでなく、この世界の様々な技術、特に精密な機械にも興味を持っているようだった。彼の話を聞いているうちに、エメリアはふと、彼の父が時計職人だと言っていたことを思い出した。時計職人ならば、精密な金属加工の技術を持っているはずだ。
「アルフレッド、実は、あなたに少しお願いしたいことがあるの」
エメリアは、自分の実験のことをどこまで話すべきか迷いながらも、意を決して切り出した。彼女は、物置小屋で手に入れた真鍮の棒と、**「閃き」で頭の中に浮かんだ「音波発生器」の設計図を、簡略化して紙に描き、アルフレッドに見せた。もちろん、微生物の件や「閃き」**のことは伏せて、「ある種類の土の活力を高めるための、音を出す実験」のためだと説明した。
「この真鍮の棒を、こんな形に加工したいんだけど、自分でやるには難しくて……何か良い方法はないかな? 学校のロッシュ先生の実験を手伝っているのだけれど、私の個人的な実験で使う道具なの」
アルフレッドは、真鍮の棒とエメリアの描いた図面を手に取り、興味深そうに目を輝かせた。彼は図面をじっと見つめ、指でなぞりながら、何かを考えているようだった。
「これは面白いね! 音の共鳴を利用するのか。この形状だと、特定の音が響きそうだ。僕も昔、父の仕事場で似たようなものを見たことがあるよ。僕の父はエドワードという名の時計職人なんだ。父なら、このくらいは簡単に加工できると思うよ。学校の先生には内緒にして、僕と君だけの秘密の実験ってことかな?」
アルフレッドの言葉に、エメリアは驚きと喜びで目を見開いた。やはり、彼の父が最適任者だった。
「時計職人さん……! あの、アルフレッドのエドワードお父さんに、この真鍮の棒を加工してもらうことはできないかな? もちろん、お礼はきちんとしたいのだけれど……」
エメリアは、半ば衝動的に頼み込んだ。アルフレッドは少し考えてから、笑顔で頷いた。
「いいよ! 面白そうだ。僕も手伝わせてくれるなら。父も、きっと君のアイデアに興味を持つと思うよ。精密な加工は、父の得意分野だからね。先生には内緒ってことで!」
翌日、放課後、エメリアはアルフレッドに連れられて、彼の父の工房を訪れた。工房は、街の片隅にある路地裏に、ひっそりと佇む小さな店だった。中に入ると、カチカチという心地よい時計の音が響き、油と金属の混じった独特の匂いがした。壁には様々な種類の時計が飾られ、作業台の上には、精密な工具や、小さな歯車、ねじなどが所狭しと並べられていた。
アルフレッドの父、エドワードは、老眼鏡をかけた穏やかな雰囲気の男性で、作業台に向かって小さな部品を修理していた。エメリアとアルフレッドが声をかけると、彼は優しく微笑んだ。
「ようこそ、エメリアさん。息子から話は聞いているよ。君のアイデア、実に面白い。音を操る道具とはね。どのような音を出したいのか、具体的な目的はあるのかね?」
エドワードは、エメリアの描いた図面と真鍮の棒を手に取り、興味深そうに尋ねた。エメリアは、自分の目的の一部を明かすことにした。
「はい。実は、ある種類の土の活力を高めるための振動を生み出したいのです。土が元気になれば、色々な良いことがあると考えています」
「土の活力を高める……? ふむ、それはまた、面白い発想だ。土が音に反応するとは、初めて聞く話だが、君がそこまで真剣に考えているなら、私も腕をふるわせてもらおう」
エドワードは、エメリアの言葉に深く頷くと、熟練の職人技で、真鍮の棒を正確に削り、研磨していく。彼の指先は、まるで生きているかのように繊細に動き、様々な工具を使いこなしていく。その手つきは、ダクレス棟梁の鍛冶の技術とは異なる、緻密で繊細な職人技だった。
キーンという金属の削れる音、ヤスリが擦れる音。エメリアは、アルフレッドの隣で、息をのんでその作業を見守った。数時間後、真鍮の棒はあっという間に、エメリアが求めていた形状へと加工されていく。
「これでどうかな?」
完成した真鍮製の「音波発生器」をエドワードがエメリアに手渡した。それは、まさにエメリアが**「閃き」**で見た通りの形をしていた。表面は滑らかに研磨され、複雑な曲線が美しく形作られている。手に取ると、ずしりとした重みがあり、その精巧さにため息が出た。
エメリアは感激した。
「ありがとうございます! こんなに素晴らしいものを作ってくださって……。これで、私の実験が進められます!」
「君の実験か。学校の先生に内緒の、秘密の実験なんだろう? もっと詳しく聞かせてくれよ!」
アルフレッドが興味津々に尋ねた。エメリアは、もう一度、トイレの衛生改善について、遠回しに説明した。
「ええ。学校のトイレの悪臭をなくす方法を、個人的にも考えているんだ。土と、目に見えないほど小さな『何か』の力で、悪臭の元となるものを分解できるんじゃないかと思っているの。この道具は、その『何か』の活動を助けるために使うんだ」
アルフレッドは目を丸くしたが、すぐに納得したような顔で頷いた。
「なるほど! それはすごいアイデアだね。『何か』の力か……。僕も手伝えることがあったら言ってくれよ。面白そうだ!」
エドワードも、エメリアの話に深く頷いた。
「それは素晴らしい試みだ。学校の衛生は、子供たちの健康に直結する。もし、私の技術が役に立つのであれば、いつでも言ってくれ。君のような志を持つ若者がいることに、私も喜びを感じる。これからの君の実験、楽しみにしているよ」
エメリアは、アルフレッドという協力者、そして彼の父である熟練の職人エドワードを得たことで、実験の成功がぐっと近づいたと感じた。王都で得た新たな素材と協力者によって、エメリアの**「閃き」を具体的な形にするための道**はさらに広がっていくのだった。彼女の心には、王都での生活が、単なる学びの場に留まらず、新たな挑戦と、かけがえのない出会いをもたらしてくれているという、確かな実感があった。
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