第62話.ロッシュ先生の執念と、増幅する謎

ロッシュ先生は、木箱から悪臭が消えたことに驚きを隠せずにいた。エメリアが落とした金属の棒の音と、その現象の間に何らかの関連があるのではないかという、半信半疑ながらも好奇心に駆られていた。彼の科学者としての探求心が疼き始めたのだ。

「エメリアさん、この土はどこで手に入れたのかね? そして、この金属の棒……『音波発生器』と呼ぶのか、これの構造をもう少し詳しく説明してくれないか?」

ロッシュ先生は、興奮を抑えきれない様子でエメリアに矢継ぎ早に質問を浴びせた。彼の目は、まるで珍しい新種の植物を発見したかのように輝いている。エメリアは、この機会に彼の知的好奇心を最大限に刺激し、さらなる協力を得るため、慎重に言葉を選んで説明した。

「この土は、学校の裏手の森の、特に落ち葉がたくさん積もって黒くなっている場所で見つけました。そして、この金属の棒は、特定の音を出すように、アルフレッドの父である時計職人のエドワードさんに作っていただいたものです。これを特定の場所に叩くと、とても澄んだ音が響きます。その音が、この土の特別な『力』を活発にしているようなんです」

エメリアは、音波発生器の形状と、それが特定の音を出す原理を、ロッシュ先生が理解できる範囲で説明した。微生物については、まだ直接的な言及を避け、「土の力」という曖昧な表現にとどめた。しかし、彼の頭の中では、エメリアの言葉と目の前の現象が、新たな理論の断片として繋がり始めていた。

「なるほど……。森の奥の、腐葉土のような土か。確かに、植物の生育には良い影響を与えるが、まさか悪臭を完全に消し去るほどの『力』があるとは……。そして、この金属の棒が、その『力』を呼び覚ますというのか。エドワード殿は、これほど複雑な音の仕組みを理解しているのか?」

ロッシュ先生は、音波発生器を手に取り、その精巧な作りをじっと見つめた。彼は、エドワードという時計職人の技術に感嘆しつつも、音と土の関連性に疑問を抱いていた。

「私が知る限り、音は空気を震わせるだけで、土に直接影響を与えるとは考えられない。だが、この現象は、私のこれまでの知識を覆すものだ。エメリアさん、君の言う『土の力』と、この音波発生器の作用について、これから一緒に徹底的に調べていくぞ。まずは、この特別な土の『力』が、時間とともにどう変化するのかを観察しよう。そして、様々な種類の土で、この音波発生器を試してみる必要がある。どのような土で、この『力』が強く働くのか、そして、どのような音が最も効果的なのかをね」

ロッシュ先生は、すぐに実験計画を立て始めた。彼の指示は明確で、その表情は、新たな研究テーマを見つけた科学者特有の、純粋な探求心に満ちていた。エメリアは、彼の指導のもと、物置小屋で採取した様々な土を鉢に分け、それぞれの土に、採取した場所や特徴を記した札をつけた。そして、ロッシュ先生の指示に従い、毎日同じ時間に、特定の鉢に音波発生器を叩きつけ、その変化を細かく記録していく作業を始めた。

最初は変化が見られなかった土も、数日、数週間と音が与えられ続けるうちに、徐々にその質感が変わり、悪臭が軽減されていくのが観察された。特に、腐葉土に近い土ほど、その変化は顕著だった。ロッシュ先生は、その変化を目の当たりにするたびに、驚きと興奮を隠せずにいた。

「これは……! まったく信じられない! 確かに、この土も悪臭が消え始めている! しかも、この土の粘り気がなくなり、指で触れるとサラサラと崩れるようだ! まるで生きているかのように土が変化している……! まさに、君の言う『土の特別な力』が働いているとしか思えん!」

ロッシュ先生は、興奮のあまり、声を震わせた。彼は、土のサンプルを採取し、顕微鏡のない世界でできる限りの観察を行った。土の色、匂い、質感、そして、わずかに見える土の粒子の変化。しかし、なぜこのような変化が起こるのか、その根本的な原因はまだ謎のままだった。

エメリアは、内心でほくそ笑んでいた。彼女の**『改造』スキルがもたらした「閃き」と、アルフレッドの父エドワードの精密な加工技術、そしてロッシュ先生**の科学者としての執念が、この世界の常識を少しずつ塗り替えようとしている。

悪臭が消えた学校のトイレの未来、そして、その先にある衛生環境の抜本的な改善という目標に向かって、エメリアの小さな挑戦は、大きな波紋を広げ始めていた。