第64話.増殖の兆しと、ロッシュ先生の夢

ロッシュ先生とエメリアの研究は、物置小屋の中で着実に進んでいた。ロッシュ先生は、悪臭を消し去る「特別な土」の謎に完全に魅了され、その「微細な粒子」の正体を解明しようと、あらゆる実験を試みていた。エメリアは、彼の助手として、指示された実験をこなしつつ、自らの「閃き」から得た知識を、ロッシュ先生の理解に繋がるよう、慎重に導いていた。

「エメリアさん、これを見てみろ!」

ある日の午後、ロッシュ先生が興奮した声でエメリアを呼び寄せた。彼の指差す先には、木製の皿に広げられた「特別な土」のサンプルがあった。その表面には、以前よりも明らかに多くのキラキラとした「粒子」が見て取れた。それは、まるで星空が地上に降りてきたかのように、微かに輝いていた。

「昨日よりも、この『粒子』の数が増えている! しかも、色が少し濃くなったようにも見える! これは、この『粒子』が、自ら増えているということなのか? まさか、この『粒子』は……生きている、とでもいうのか!?」

ロッシュ先生は、驚きと興奮で目を大きく見開いた。彼のこれまでの生物学の常識では、「粒子」が自己増殖するという概念は存在しなかった。鉱物でも、単純な有機物でもない。まるで、生命を持つかのような振る舞いに、彼の理論は揺さぶられていた。

エメリアは、この時を待っていたかのように、落ち着いた声で答えた。

「はい、先生。私もそう考えていました。この『粒子』は、腐ったものや汚れたものを『栄養』にして、増えることができるのではないでしょうか。ちょうど、植物が土から栄養を吸い上げて成長するように……」

エメリアは、微生物が有機物を分解し増殖する原理を、ロッシュ先生が理解できるよう、比喩を使って説明した。彼は、エメリアの言葉に深く頷いた。

「なるほど……『栄養』か。確かに、先日君が提案した、食堂から出た野菜くずを混ぜた土で、特にこの『粒子』が増えているように感じる。これは、まさしく君の言う通りだ! この『粒子』は、悪臭の原因となるものを食べて、数を増やしているのだ! そして、あの金属の棒の音が、彼らの食欲を刺激しているというのか!」

ロッシュ先生は、興奮して立ち上がった。彼の顔には、世紀の発見を予感させる輝きがあった。彼は、この「粒子」こそが、王都の衛生問題を根本から解決する鍵だと確信し始めていた。

「エメリアさん! もし、この『粒子』を大量に増やし、そして安定してその活動を維持できるのであれば、我々は王都の、いや、この世界の衛生環境を一変させることができるかもしれない! 悪臭は消え、病の流行も抑えられるだろう! これは、私の長年の夢、**『すべての命が健やかに生きる世界』**への大きな一歩だ!」

ロッシュ先生は、高揚した声で自分の夢を語った。彼の夢は、単なる学術的な探求に留まらず、多くの人々の生活を改善することを目指していた。エメリアは、その熱意に心を打たれた。彼女の「閃き」が、この世界の誰かの夢を現実にする手助けになっている。その事実に、深い満足感と喜びを感じた。

「はい、先生。きっとできます。この『粒子』を増やし、悪臭をなくすことができれば、学校のトイレだけでなく、王都全体の衛生も良くなります。そのためにも、もっと研究を進めましょう!」

エメリアは、ロッシュ先生の夢に共鳴し、力強く頷いた。物置小屋の中は、実験道具と土の鉢がひしめき合い、そして、二人の研究者の熱意が充満していた。まだ「微生物」という言葉が生まれていないこの世界で、ロッシュ先生は、その概念の核心へと、着実に近づいていた。そして、エメリアは、その道のりを、賢明な助手として支え続けていた。