第72話.新たな課題と、友人からの思わぬヒント

レナード領主の全面的な支援を受け、王都郊外の大規模な実験場で、「奇跡の土」を使った悪臭除去の実験は順調に進んでいた。悪臭はみるみるうちに消え去り、その効果は疑いようがなかった。しかし、エメリアの頭の中には、次の大きな課題が浮かび上がっていた。

「悪臭は消えたけれど、この方法だと、結局排泄物を毎回、土のある場所に運び込まないといけない。これでは、王都中のすべてのトイレに適用するのは難しいわ……」

エメリアは、ロッシュ先生が興奮気味に実験の成功を語る横で、静かに考え込んでいた。確かに、食品廃棄物などの生ゴミの処理には「奇跡の土」が非常に有効だが、トイレの排泄物となると話は別だ。この世界では、各家庭の排泄物は壺などに溜められ、定期的に回収業者が運び出すのが一般的で、衛生的とは言えなかった。この仕組みを「奇跡の土」を使った大規模な処理場に集約するだけでも大きな進歩だが、もっと効率的な方法があるはずだ。前世の知識では、トイレの汚水を効率的に処理するには浄化槽のような仕組みが最も有効だった。しかし、この世界でその概念をどう導入すればいいのか。現在の自分がこれ以上目立つのは避けたい。

「どうすれば、もっと効率的に、各家庭や施設でこの『特別な土』の力を活用できるだろう……。そして、私自身が表立って提案せずに、ロッシュ先生がその発想に至るように導くには……」

エメリアは、その課題を解決するための**「閃き」**を求めていた。しかし、これまでの「改造」とは異なり、社会インフラに関わる大きな変革となるため、そのヒントはなかなか明確に降りてこなかった。

そんな悶々とした思いを抱えながら、エメリアはいつものように学校へと足を運んだ。校内では、彼女たちの実験の話題で持ちきりだった。

「エメリア、君たちの実験、本当にすごいね! 僕たちの家でも、体を清めるために使った湯水の排水がなんだか臭いがきつくて困ってたんだ。あの『奇跡の土』を使えば、何とかなるかな?」

昼休み、アルフレッドが目を輝かせながら尋ねてきた。アルフレッドの家は時計職人の工房を構えており、比較的裕福なため、一般の平民よりも水を使う機会が多かった。そのため、生活排水の臭いは彼らにとっても身近な悩みだった。

「そうよ、エメリア! 私もいつも台所の生ゴミの臭いが気になっていたの。あの土を、もう少し小さくまとめて、台所の隅に置いておけないかしら? そうすれば、いちいち外に捨てに行かなくても済むのに!」

クリスティーナもまた、期待のこもった表情で続けた。彼女の家庭も、食材を扱う上で生ゴミの処理には頭を悩ませていた。

エメリアは、二人の言葉を聞きながら、ハッと息をのんだ。彼らは、それぞれの生活の中で、悪臭に困っている場所を具体的に挙げ、そして「土をその場所に置きたい」という具体的な願望を口にしていた。

「……! そうか!」

エメリアの頭の中に、『改造』スキルの**「閃き」**が、まるで稲妻のように走った。

「アルフレッド、クリスティーナ、ありがとう! 君たちの言葉で、とても大切なことに気づけたよ!」

エメリアは、二人の手を握り、興奮気味に感謝の言葉を述べた。二人は、エメリアの突然の行動に目を丸くしたが、その顔に浮かんだ希望の光に、何かが良い方向に進んでいることを感じ取った。

前世の知識では、**生活排水や汚水は、専門の施設でまとめて処理されるのが一般的だった。**そして、その処理方法の中には、水を循環させて利用する仕組みもあった。

エメリアは、二人の言葉から「それぞれの場所で発生する排泄物を、その場で処理する」というヒントを得た。食品廃棄物などの生ゴミは、少量ずつ「奇跡の土」を入れた容器で処理する。そして、トイレの排泄物は……。

「そうか、まずは、その場で排泄物を『奇跡の土』と混ぜ合わせる仕組みを提案して、そこから、『奇跡の土』の力を活用し、水を流して処理する、より効率的な仕組みへと繋げていけばいいんだ!」

エメリアの頭の中では、**「浄化槽」**へと繋がる、具体的な導入計画が形作られ始めていた。それは、一足飛びに大規模な浄化システムを導入するのではなく、この世界の技術レベルと人々の生活様式に合わせた、段階的なアプローチだった。友人たちの何気ない一言が、エメリアに新たな道筋を示してくれたのだった。