第73話.小型化への挑戦と、ロッシュ先生の洞察

友人の何気ない一言から、「場所ごとの悪臭処理」という新たな視点を得たエメリアは、その「閃き」を具体的な形にするため、ロッシュ先生との実験に改めて向き合った。王都郊外の大規模実験場での成果は揺るぎないものだったが、それを各家庭や施設に導入するには、持ち運びや設置が容易な小型化が必要だった。

「ロッシュ先生、あの『奇跡の土』の力を、もっと小さな場所で、効率的に使うことはできないでしょうか?」

ある日の午後、エメリアはいつものように実験結果を記録しているロッシュ先生に、慎重に問いかけた。彼女の提案の意図を察してもらえるよう、言葉を選んだ。

ロッシュ先生は、手を止めてエメリアの顔を見た。 「ほう、エメリアさん。それはまた、興味深い発想だ。今の実験場のように広大なスペースを確保できない場所でも、あの『粒子』の恩恵を受けたいということかね?」

「はい。例えば、台所や、それぞれの家の排泄物を溜める壺の近くなど、悪臭が発生するその場で処理できたら、もっと多くの人々が助かるのではないかと……」

エメリアは、クリスティーナやアルフレッドの言葉を引用しながら、具体的な場面を説明した。ロッシュ先生は腕を組み、深く考え込んだ。

「なるほど……。確かに、現在の方法では、排泄物をわざわざ実験場まで運び出す手間がかかる。その場で処理できるならば、衛生的にも、労力的にもはるかに効率が良いだろう。しかし、そのためには、あの『粒子』が、狭い空間でも十分に活動し、増殖できる環境を作り出さなければならない。そして、音波発生器も、もっと手軽に使える形にする必要がある」

ロッシュ先生の言葉に、エメリアは内心でガッツポーズをした。彼女の誘導がうまくいったのだ。ロッシュ先生は、すでに小型化の必要性を理解し、そのための課題を具体的に捉えていた。

「では、先生。まずは、小さな容器を使って、『奇跡の土』と悪臭の元を少量ずつ混ぜ合わせる実験をしてみませんか? そして、その容器の中で『粒子』がどのように活動するかを、詳しく観察するのです」

エメリアは、具体的な実験方法を提案した。ロッシュ先生は、すぐにその提案に乗り気になった。

「うむ! 素晴らしい提案だ、エメリアさん! 早速、準備に取り掛かろう! 小型化には、容器の素材や形状、そして通気性なども重要になってくるだろう。そして、音波の与え方についても、さらに工夫が必要だ」

二人の実験は、再び物置小屋へと場所を移し、より緻密で繊細なものへと変化していった。様々な素材の小さな壺や木箱を用意し、その中に少量の「奇跡の土」と、悪臭を放つ生活排水や少量の生ゴミを入れて、音波発生器で特定の音を与える。そして、その容器の中の「粒子」が、どのように悪臭を分解し、増殖していくかを細かく記録していった。

当初は、広大な実験場とは異なり、うまくいかないことも多かった。土が乾きすぎたり、逆に湿りすぎて「粒子」の活動が鈍ったりする。しかし、失敗を繰り返すたびに、ロッシュ先生は新たな知見を得ていった。

「なるほど……! この『粒子』は、適度な湿り気と空気が必要なようだ! そして、容器の底に小さな穴を開けて、余分な水が抜けるようにすれば、より活発になる!」

ロッシュ先生は、小型の実験容器から得られたデータをもとに、**「通気性」「排水性」**の重要性を見抜いた。それは、浄化槽の基本的な構造原理に繋がる、重要な発見だった。

エメリアは、ロッシュ先生の洞察力に感嘆した。彼女が直接「浄化槽」という言葉を出すことなく、彼自身がその概念の基礎となる原理を発見していく。これこそ、彼女が目指していた理想の形だった。

小型化の実験は、順調に進展し始めた。小さな容器の中で「奇跡の土」が効果的に悪臭を消し去る様子は、この技術が各家庭に普及する未来を予感させるものだった。しかし、本当の課題は、ここから先の「排泄物を流す」仕組みを、どうやってこの世界に導入するかだった。