第75話.協力者エドワードと、試作機の完成
アルフレッドの「水時計」からヒントを得たロッシュ先生とエメリアは、その発想を具体的な形にするため、早速アルフレッドの父であるエドワードの時計工房を訪れた。工房には、様々な歯車やゼンマイ、精巧な装飾品が所狭しと並べられ、カチカチと静かに時を刻む時計の音が心地よく響いていた。
エドワードは、二人の訪問を快く迎え入れた。彼は、息子アルフレッドから、学校での実験の話をすでに聞いており、好奇心旺盛な科学者と聡明な少女の組み合わせに、興味を抱いていたのだ。
「先生、エメリアさん、いらっしゃい。息子から面白い話を聞きましたよ。まさか、あのロッシュ先生が悪臭のする土と格闘しているとはね」
エドワードは、にこやかにそう言って、二人を工房の奥へと案内した。
ロッシュ先生は、興奮を抑えきれない様子で、早速本題に入った。
「エドワード殿! 実は、君の息子の発想が、我々の実験に新たな可能性をもたらしてくれたのだ! 我々は、水が一定量溜まると自動的に流れ出るという、水時計の仕組みを応用して、小さな浄化装置を開発したい!」
ロッシュ先生は、エメリアが描いた簡単な設計図をエドワードに見せた。それは、複数の層になった容器で、上の層から水が一定量溜まると、自動的に下の層へと流れていく仕組みが描かれていた。各層には「特別な土」が敷き詰められており、水が層を通過するごとに浄化されていくという、エメリアの「閃き」が形になったものだった。
エドワードは、その設計図をじっくりと眺めた。彼の職人としての視点は、単なる学術的な発想ではなく、現実的な機能性と耐久性に向けられていた。
「なるほど、これは面白い。水位が上がると、中の重りが浮き上がって、穴が開く仕組み……。これなら、私の持つ技術で十分に実現可能だ。しかし、水は一度流れ出すと勢いがつきすぎるかもしれない。もっとゆっくりと、安定して流れるようにする必要があるな……」
エドワードは、そうつぶやくと、工房の隅からいくつかの部品を取り出し、目の前で小さな仕組みを組み立て始めた。彼の指先は、まるで魔法のように滑らかに動き、二人の目の前で、小さな真鍮製の装置が形作られていく。それは、水時計の部品を応用し、より繊細な水位調整が可能な、巧妙な仕掛けだった。
「どうです? これなら、水が一定の速度で下の層へと流れ落ちるはずだ。この仕掛けを、陶器の壺に組み込めば、小型の浄化装置ができるだろう」
エドワードの提示した解決策に、ロッシュ先生とエメリアは目を輝かせた。彼らは、科学者としての発想はあっても、それを実現する具体的な技術までは持ち合わせていなかった。しかし、エドワードは、それをいとも簡単に形にして見せたのだ。
「素晴らしい! エドワード殿、君は天才だ!」
ロッシュ先生は、感極まってエドワードの手を握った。エメリアもまた、この世界の技術力に改めて感銘を受けていた。
その後、エドワードは、二人のために試作機を製作することを快諾してくれた。彼は、ロッシュ先生の科学的な発想と、エメリアの「閃き」に触発され、職人としての新たな探求心に火がついたのだ。
数日後、完成した試作機は、まさに驚くべきものだった。陶器の壺を三段に重ねた構造で、上から汚水を流し込むと、各層の「特別な土」を通過しながら、水が少しずつ浄化されていく。そして、一番下の壺の底からは、悪臭のない、きれいな水がちょろちょろと流れ出てきた。
「見事に成功した! これなら、各家庭に設置できる! エドワード殿、本当にありがとう!」
ロッシュ先生の喜びの声が、工房の中に響き渡った。エメリアは、その試作機を前に、これから王都の衛生環境がどのように変わっていくのか、その未来を想像して胸を躍らせた。
こうして、ロッシュ先生、エメリア、そしてエドワードという、異色の協力者たちが生み出した「小型浄化装置」は、王都の人々の生活を根底から変える、最初の一歩となったのだった。
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