第77話.専門家との連携、安全性の追求
学校のトイレに設置された小型浄化装置は、生徒たちの間で大きな評判となっていた。悪臭のない清潔な空間は、これまで当たり前だった不快感を一掃し、多くの人々がその効果に驚きと喜びを感じていた。
しかし、エメリアの頭の中には、次の課題が重くのしかかっていた。浄化装置から流れ出た水は、見た目はきれいだが、本当に安全なのだろうか?
「ロッシュ先生、あの浄化装置から出てくる水なんですが……」
エメリアは、昼休みにいつもの物置小屋でロッシュ先生に話しかけた。先生は、試作機のさらなる改良に没頭しているところだった。
「どうした、エメリアさん。何か問題でもあったかね? 見たところ、悪臭もないし、汚泥もきちんと分解されているようだが」
「はい。悪臭はないし、見た目もきれいです。でも、この水は『浄化』はされていても、本当に『清潔』なんでしょうか? まだ目に見えない不純物や、『粒子』に分解されなかった毒素などが残っている可能性はないでしょうか?」
エメリアの鋭い指摘に、ロッシュ先生はハッと息をのんだ。彼は「悪臭の除去」という目に見える成果に夢中になっていたが、その先に潜む危険性については、深く考えていなかったのだ。この世界では、病気の原因が微生物や不衛生な環境にあるという概念がまだ存在しないため、「悪臭がなければ安全」という認識が一般的だった。
「……確かに、その可能性は否定できんな。我々が発見した『粒子』は、腐敗物を分解する力を持っているが、それが全ての不純物を消し去るのかどうかは、まだわかっていない。もし、その水を生活用水として使って、人々が病にでもかかってしまったら……」
ロッシュ先生の顔に、一気に緊張が走った。彼はすぐにグレン校長に報告し、学校の浄化装置から流れ出た水の利用を一時的に停止するよう指示を出した。
「エメリアさん、君の指摘は極めて重要だ。この水の安全性を我々だけで確認するのは難しい。もし王都に、水の成分を分析したり、薬品や毒物について詳しい専門家がいるのなら、早急に協力を求めるべきだろう」
ロッシュ先生の言葉に、エメリアは頷いた。その通りだ。彼女の『改造』スキルはあくまでヒントを与えるものであり、実証は、この世界の科学者たちの手によって進められるべきだった。
「はい、先生。レナード領主様にご報告し、専門の知識を持つ方々を紹介していただくのが良いと思います」
二人は、すぐにレナード領主が執務を執る王都邸へと向かった。レナード領主は、水の安全性を危惧する二人の慎重な姿勢を高く評価し、快く承諾した。
「なるほど。悪臭が消えただけで、安全だと断定するのは早計だな。ロッシュ先生、エメリアさん、君たちの懸念はもっともだ。王都には、鉱石や薬品の成分を分析する専門の機関がある。すぐに連絡を取り、君たちの実験の成果と、その水の分析を依頼しよう。この問題は、王都の未来に関わることだ。慎重すぎるということはない」
レナード領主は、すぐに専門の機関に連絡を取り、水のサンプルを分析させる手筈を整えた。ロッシュ先生は、この協力を得たことで、再び探求の光を瞳に宿らせた。
「エメリアさん、これで水の安全性を確かめることができる! 我々が『清潔』だと確信できるまで、この水の再利用は禁じる。そして、専門家たちと協力して、この技術をさらに発展させるのだ!」
こうして、ロッシュ先生とエメリアの実験は、王都の専門家をも巻き込む、より大規模で社会的なプロジェクトへと発展していった。二人の挑戦は、悪臭の除去から、人々が安心して暮らせる社会の構築という、新たな段階へと突入したのだった。