第81話.微生物学の夜明けと、ベイルの決意

エメリアの何気ない一言が、ベイルの研究に革命的なひらめきをもたらした。彼が「未知の成分」と呼んでいたものが、もしかしたらこの世界には存在しない**「微生物」という、目に見えない生命体なのではないかという発想だ。この新たな視点を得たベイルは、すぐさま薬品分析所へと戻り、新たな実験**に取り掛かった。

「ロッシュ先生、エメリアさん、すまないが、君たちから預かった**『特別な土』**のサンプルを、もっと詳しく調べさせてもらう!」

ベイルは、物置小屋を出る際、興奮に満ちた声でそう告げた。ロッシュ先生もまた、ベイルの変貌ぶりに驚きながらも、彼の新しい探求の炎に、心を躍らせていた。

「エメリアさん、ベイル殿は、君の言葉で新しい道を見つけたようだ! 彼はきっと、この**『粒子』**の正体を突き止めてくれるに違いない!」

ロッシュ先生は、エメリアにそう語りかけた。エメリアもまた、自分の「閃き」が、この世界の科学の最先端を担う人物の心を動かしたことに、静かな喜びを感じていた。


薬品分析所に戻ったベイルは、これまでの分析方法を捨て、まるで生き物を扱うかのように「特別な土」の実験を始めた。彼は、土を小さなガラス製の皿に広げ、様々な栄養源を加えてその変化を観察した。すると、ロッシュ先生の実験結果通り、悪臭の原因となる物質を「栄養」として、未知の成分が目に見えて増殖していくのが確認できた。

「やはり……! こいつは、鉱物でも薬品でもない……! まるで、見えない小さな生き物だ!」

ベイルは、この「小さな生き物」に、独自の名前をつけた。

「よし、今日から君たちのことは**『バクテリウム』**と呼ぼう。ロッシュ先生とエメリアさんが発見した、悪臭を分解する小さな命だ」

彼は、その**『バクテリウム』が、どのような環境で増殖し、どのような毒素を分解するのか、徹底的に調べ始めた。そして、浄化装置から流れ出た水に含まれていた微量の毒性物質は、『バクテリウム』**が分解しきれなかった特定の物質であることが判明した。

「なるほど……。この**『バクテリウム』**は、悪臭の原因となる腐敗性の毒素は分解するが、すべての毒素を分解できるわけではないのだな。完全な浄化のためには、この残った毒素を消し去る別の方法が必要になる」

ベイルは、壁にぶつかりながらも、その表情は明るかった。彼は、これまで「未知」だったものが「既知」になり、具体的な課題が見えてきたことに、喜びを感じていた。


その日の夜、ベイルロッシュ先生の元を訪れた。エメリアが寮へと戻った後の、静かな時間だった。

「ロッシュ先生。この**『バクテリウム』の性質が少しずつ分かってきました。今後は、この『バクテリウム』が分解できない毒性物質を、別の方法で除去する実験**を行います。そこで、再び君たちの協力が必要なのです」

ベイルは、ロッシュ先生が考案した小型浄化装置の設計図に、いくつかの改善案を書き加えた。それは、**『バクテリウム』**による浄化層の後に、水を濾過するための新たな層を追加するというものだ。

「この濾過層には、特定の鉱石や砂、木炭などを詰めます。それらが、『バクテリウム』が分解できなかった毒素を吸着したり、別の方法で分解したりするかもしれません。この実験には、君たちの**『閃き』**と、学校の生徒たちの協力が不可欠です」

ベイルは、初めてロッシュ先生とエメリアの実験を、一人の科学者として、対等な立場で認めていた。

ロッシュ先生は、その言葉に、これまでの苦労が報われたように感じた。彼とエメリアの「閃き」は、もはや単なる思いつきではなく、この世界の科学を前進させる、確かな力となりつつあった。

こうして、ロッシュ先生、エメリア、そしてベイルという、三人の科学者の連携は、この世界に**「微生物学」**という、新たな科学分野の夜明けをもたらそうとしていた。