第82話.濾過層の実験と、生徒たちの知恵
ロッシュ先生とエメリア、そしてベイルが協力して進める新たな実験が始まった。ロッシュ先生は、これまでの実験のノウハウを活かし、学校の物置小屋で改良型の小型浄化装置を組み立てていた。
「この層には、特定の鉱石を細かく砕いたものを敷き詰める。そして、その上には粗い砂、さらにその上には細かい砂を……。ベイル殿は、この多層構造が『バクテリウム』が分解しきれなかった毒素を吸着すると考えている」
ロッシュ先生は、真剣な表情でエメリアにそう説明した。この濾過層の実験は、水の安全性を確保するための重要なステップだった。
しかし、どのような鉱石や素材が濾過に適しているのか、それを探すのは簡単ではなかった。ロッシュ先生は、学校にある様々な石や砂、木炭などを集めては、濾過能力を一つずつ検証していった。その作業は膨大で、一人ではとても進められないものだった。
そこで、ロッシュ先生は、学校の生徒たちに協力を仰ぐことにした。
「みんな、この壺は、王都の衛生環境を良くするための、大切な実験に使われるものだ。この壺の浄化能力を高めるために、君たちの知恵を貸してほしい。王都の色々な場所から、珍しい石や砂、植物の炭などを見つけてきてくれないか?」
ロッシュ先生がそう呼びかけると、生徒たちは目を輝かせた。自分たちの学校で行われている実験が、王都の人々の役に立つかもしれないという事実に、彼らは心を躍らせた。
「先生、僕の家は時計工房だから、研磨に使った細かい砂があるよ! それって使えるかな?」
アルフレッドが真っ先に手を挙げた。
「私の家はパン屋だから、炭窯で使った木炭の燃えカスならたくさんあるわ! 匂いを吸い取るって聞いたことがあるけど……どうかしら?」
クリスティーナもまた、自分の身近にあるものを思いついた。
生徒たちは、まるで宝探しをするかのように、様々な素材を探しては物置小屋へと運び込んできた。川原で見つけた白い石、家の壁を削ってできた粉、森で拾った焦げた木炭……。ロッシュ先生は、それらを一つひとつ丁寧に濾過層に組み込み、浄化能力を試していった。
エメリアは、その様子を静かに見守っていた。彼女の『改造』スキルは、濾過層に最適な素材の組み合わせを「閃き」として提示していた。その「閃き」は、例えば「特定の鉱石」や「木炭」といった大まかなヒントだったが、生徒たちが持ち寄った様々な素材の中から、その「閃き」に合致するものをロッシュ先生が見つけ出していく。
「エメリアさん、見てくれ! この鉱石と、アルフレッド君が持ってきてくれた研磨砂の組み合わせは、驚くほど浄化能力が高い! そして、クリスティーナさんがくれた木炭の燃えカスは、水をさらにきれいにしているようだ!」
ロッシュ先生は、興奮した様子で実験結果を記録した。彼は、生徒たちの何気ない知恵と協力が、この実験に不可欠なピースをもたらしてくれたことに、深い感動を覚えていた。
この濾過層の実験が、ベイルの元に持ち込まれる日も近い。生徒たちの知恵と、ロッシュ先生、そしてエメリアの「閃き」が、この世界の衛生環境を根底から変える、新たな装置の完成へと着実に近づいていた。