第84話.ベイルの驚きと、科学者たちの共鳴
ロッシュ先生は、完成した試作機を携え、興奮した面持ちで薬品分析所を訪れた。濾過層を組み込んだ小型浄化装置は、見た目は以前と変わらないものの、その浄化能力は格段に向上しているはずだった。
「ベイル殿! やりました! 新たな濾過層を組み込み、浄化能力がさらに高まったのです!」
ロッシュ先生は、目を輝かせながらベイルに試作機を見せた。ベイルは、ロッシュ先生の熱気に少し気圧されながらも、真剣な表情で試作機を観察した。
「なるほど、これが濾過層ですか……。鉱石と砂、そして木炭を組み合わせた多層構造。興味深い……」
ベイルは、すぐに浄化装置から流れ出た水を採取し、分析室へと持ち込んだ。そして、慎重な手順で水の成分を調べ始めた。ロッシュ先生は、ベイルが分析を終えるまで、落ち着かない様子で待っていた。
数時間後、ベイルが分析室から出てきた。彼の顔には、これまでの懐疑的な表情は一切なく、ただただ驚きと感嘆の念が浮かんでいた。
「ロッシュ先生……これは、驚くべき結果です。濾過層を追加したことで、これまでの微量な毒性物質が、ほぼ完全に除去されています。そして、この水は、水道の水と比べても遜色ないほどの清潔さを保っている……。これは、間違いなく、君たちが成功させた浄化技術です!」
ベイルは、ロッシュ先生の手を力強く握り、その功績を心から称えた。彼の科学者としてのプライドは、この結果に素直に感動していた。
「まさか……本当に……!」
ロッシュ先生は、安堵と喜びで胸がいっぱいになった。彼とエメリア、そして生徒たちの努力が報われた瞬間だった。
「そして、もう一つ。この濾過層の構造、そして使用されている素材について、詳しく教えていただけますか? 特に、この赤い鉱石と木炭の組み合わせが、なぜこれほどまでに高い効果を生むのか、科学的な観点から解明したいのです」
ベイルの探究心に火がついた。彼は、この技術が偶然の産物ではないことを直感していた。ロッシュ先生は、エメリアの「閃き」と、生徒たちの知恵によってこの組み合わせにたどり着いた経緯を、詳細に語った。
「そうか……! まったく素晴らしい! 直感的な発想と、それを裏付ける探求心。そして、多くの人々の知恵を結集させること……これこそが、新しい科学を生み出すということなのだな」
ベイルは、ロッシュ先生を見つめ、静かに、しかし力強くそう語った。彼の言葉は、ロッシュ先生とエメリアの実験が、単なる悪臭対策ではない、この世界の科学のあり方そのものを変えようとしていることを示唆していた。
「ロッシュ先生。私も、あなたたちと共に、この浄化技術をさらに高めていきたい。そして、この水の再利用方法を確立し、王都の人々の生活を、根本から変えていきましょう」
ベイルの言葉は、二人の科学者としての共鳴を意味していた。学校の教師と、王都の最高峰の科学者。立場も、年齢も違う二人の科学者は、今、一つの大きな目標に向かって、手を取り合うことになった。
この浄化技術の完成は、王都の人々の暮らしに希望をもたらすだけでなく、この世界の科学史に、新たな一ページを刻むことになるだろう。