第100話.公爵の登場と、エメリアの決意

ロッシュ先生ベイルから語られた衝撃的な事実に、エメリアは言葉を失った。彼女の純粋な探求心から生まれた**『閃き』**が、王都の行政を巡る大きな権力闘争に巻き込まれてしまったのだ。

「公爵様は……」

エメリアは、その名を聞くだけで胸が締め付けられるような感覚を覚えた。王都で絶大な権力を持つ、その人物の存在が、あまりに遠く、巨大に感じられたからだ。

公爵様のフルネームは、アルカディアス・フレイ・エヴァンス。彼は、この国で最も古い貴族の一人で、国王陛下にも強い影響力を持っておられる。そして、科学技術の発展よりも、古き良き伝統と魔法の力を重んじるお方だ」

ベイルは、苦々しい表情で説明した。

その時、物置小屋の扉が、乱暴に開けられた。そこに立っていたのは、見慣れない貴族の男だった。彼は、威圧的な雰囲気をまとい、エメリアたちを冷たい視線で見下ろしていた。

アルカディアス公爵様の代理で参りました。ロッシュベイル。貴殿らの研究は、公爵様の意向により、これをもって中止とさせていただきます」

男は、高圧的な口調でそう告げた。エメリアは、このままでは本当にロッシュ先生たちの研究が止まってしまうと、危機感を覚えた。しかし、平民である自分には、何もできない。

その瞬間、エメリアの頭の中に、夢で聞いた声が蘇った。

(『君が思うままに生きていけばいい』)

(『君の力は、あくまで君自身の、秘密の力なのだ』)

二つの言葉が、エメリアの心の中で交錯する。力を隠すべきか、それとも、この窮地を救うために使うべきか。

エメリアは、震える手で、懐に入れていた小さな瓶を取り出した。そこには、彼女が道具屋で見つけてきた、あの輝く粒子が入っていた。

「その研究は、まだ終わりません!」

エメリアは、男をまっすぐ見据えて、はっきりとそう言った。

「これは……君が発見したという、あの奇妙な粒子か?」

男は、エメリアが持っている瓶を見て、少し興味を示した。

「この粒子は、**『バクテリウム』**を活性化させる特別な力を持っています。この研究を続ければ、王都の衛生問題は完全に解決し、この国はもっと豊かになります!」

エメリアは、自分の信じる道を、男に必死に訴えた。彼女の言葉に、ロッシュ先生ベイルも、驚きと希望の入り混じった眼差しを向けた。

男は、エメリアの熱意に、一瞬言葉を失った。しかし、すぐに冷酷な表情に戻ると、言い放った。

「公爵様のご意向は、絶対だ。貴様らの身の安全を考えるなら、これ以上、無駄な抵抗はしないことだ」

男は、そう言い残して、物置小屋を後にした。

誰もいなくなった小屋で、エメリアは、静かにロッシュ先生ベイルに語りかけた。

「私……この研究を、絶対に諦めたくないんです。二人だけで難しいなら、私にも手伝わせてください。私の**『閃き』**を、この研究に活かしたいんです」

エメリアの目には、迷いはなかった。彼女は、王都の未来、そして大切な友人であるロッシュ先生ベイルを守るため、自分の力を使うことを決意したのだ。

ロッシュ先生ベイルは、エメリアの瞳に宿る、強い意志を感じ取った。そして、二人は顔を見合わせ、深く頷いた。

「わかった。エメリアさん。君の**『閃き』**を、私たちに貸してくれ」

三人の研究は、ここから、新たな局面へと突入する。公爵様という巨大な権力に立ち向かい、科学の力でこの国の未来を切り開く。それは、これまでの実験とは比べ物にならないほど、危険で、困難な道のりとなるだろう。

しかし、エメリアの心には、もう迷いはなかった。彼女は、自分の信じる道を、真っ直ぐに歩んでいくことを決めたのだ。