第102話.公爵の監視役と、研究室の新たな訪問者
アルカディアス公爵の代理人が物置小屋を去ってから数日後。エメリアは、ロッシュ先生とベイルと共に、今後の研究について話し合っていた。公爵の介入という予期せぬ事態に、三人の顔には緊張の色が浮かんでいた。
「公爵は、我々の研究を妨害するだけでなく、その成果を独占しようと企んでいる。我々が、このまま研究を続けるのは……」
ベイルは、眉間にしわを寄せ、言葉を詰まらせた。
「しかし、ここで止めるわけにはいきません! 公爵様は、レナード伯爵様とは考えが違います。もし、この研究が彼らの手に渡れば、科学は王都から遠ざけられてしまう……」
エメリアは、拳を握りしめ、強い口調で言った。彼女の目には、研究を諦めないという固い決意が宿っていた。
「その通りだ、エメリアさん。我々は、科学の力でこの国をより良くできると信じている。その信念を、ここで曲げるわけにはいかん」
ロッシュ先生は、エメリアの言葉に力強く頷いた。
三人が今後の対策を話し合っていると、物置小屋の扉がノックされた。開けてみると、そこに立っていたのは、公爵の代理人ではない、別の貴族の男だった。
「ロッシュ・レオンハート先生、そしてベイル殿。お初にお目にかかります。私は、アルカディアス公爵様より派遣された、この研究の**『監視役』**を拝命いたしました、オスカー・ブレイクと申します」
男は、品の良い笑顔を浮かべ、深々と頭を下げた。しかし、その瞳の奥には、鋭い計算高さが光っていた。
「監視役だと……?」
ロッシュ先生は、警戒しながら男を見つめた。
「ご心配なさらず。公爵様は、貴殿らの研究に、大変興味をお持ちなのです。そこで、このオスカーが、皆様の研究が円滑に進むよう、全面的にサポートさせていただきたく、参りました」
オスカーは、そう言って、物置小屋の中へと入ってきた。彼は、部屋の隅々まで鋭い視線を巡らせ、研究資料や実験道具をチェックしていく。
「公爵様は、特にこの**『バクテリウム』と、それを活性化させるという、『輝く粒子』**について、ご興味をお持ちです。詳しいお話を、ぜひお聞かせいただけませんか?」
オスカーは、エメリアの顔を一瞥し、微笑みながら尋ねた。彼の言葉は丁寧だったが、その背後には、公爵の巨大な権力がちらついていた。
「それは……」
ロッシュ先生は、エメリアに視線を向けた。オスカーの真の狙いは、研究の横取りに違いない。しかし、公爵の監視役を拒むことは、彼らの立場をさらに危険に晒すことになる。
エメリアは、『改造』スキル』と、その秘密を守るという誓いの間、そしてロッシュ先生たちの安全を守るという決意の間で、激しく葛藤していた。
オスカーの登場は、三人の研究に、新たな緊張と試練をもたらした。彼らの研究は、ここから、公爵の監視下という、息の詰まるような状況下で進められることになったのだ。