第103話.簡易鑑定と、監視役の裏の顔
オスカー・ブレイクの登場は、物置小屋の研究室に張り詰めた空気をもたらした。彼は、穏やかな笑顔の裏で、研究の全てを観察し、記録していた。ロッシュ先生とベイルは、彼の警戒を解くことはなく、必要な情報だけを慎重に伝えることに徹していた。
エメリアもまた、オスカーに対して強い警戒心を抱いていた。彼の瞳の奥に潜む、冷たい計算高さが、直感的に危険だと告げていたからだ。
そんな中、エメリアは、ロッシュ先生との実験の準備を進めていた。輝く粒子を**『特別な土』**に混ぜる作業中、誤ってオスカーの手に触れてしまった。
その瞬間、エメリアの心の中で、**『簡易鑑定』**スキルがふいに発動した。
【簡易鑑定:人物】 【オスカー・ブレイク:アルカディアス公爵の密偵。目的:ロッシュ・レオンハートの研究成果と、その協力者であるエメリアの『閃き』の秘密を解き明かすこと】
エメリアは、心臓が飛び跳ねるほどの衝撃を受けた。**『簡易鑑定』**スキルは、これまで物質の鑑定にしか使えないと思っていたが、人物の鑑定までできるとは、全くの予想外だった。
そして、その鑑定結果は、エメリアが抱いていたオスカーへの警戒心を、確信へと変えた。彼は、単なる監視役ではない。自分たちの研究を横取りするため、そしてエメリアの秘密を探るために送り込まれた、公爵の密偵だったのだ。
(やっぱり……。この人は、ロッシュ先生たちを助けに来たんじゃない。私たちの全てを奪おうとしているんだ……)
エメリアは、オスカーから慌てて手を離し、平静を装って頭を下げた。
「すみません、オスカー様。手が滑ってしまって……」
「いや、構いませんよ、エメリア嬢。君の働きぶりは、実に素晴らしい。公爵様も、きっと君の才能に感銘を受けることでしょう」
オスカーは、いつもの穏やかな笑顔でそう答えた。しかし、その言葉は、エメリアの心に、これまで以上の恐怖を植え付けた。彼の言葉が、自分に向けられたものではなく、その才能を利用しようとする、公爵の思惑そのものに聞こえたからだ。
(このことも、誰にも話せない……。ロッシュ先生やベイルさんに話したら、きっとこの人は、もっと警戒を強める。そうしたら、私たちの立場は、さらに悪くなってしまう……)
エメリアは、この新たな事実を、胸の奥深くにしまい込むことを決意した。**『簡易鑑定』**で得た情報は、誰にも明かせない、彼女だけの秘密。そして、その秘密は、彼女に大きな使命感と、孤独な戦いを強いることになった。
公爵の密偵という存在が、研究室の緊張感を一層高める中、エメリアは、自分自身の力と、それを隠さなければならないという葛藤の間で、再び揺れ動いていた。