第106話.魔法使いの登場と、エメリアの焦り
アルカディアス公爵からの新たな指示は、すぐにオスカーを通じてロッシュ先生たちの元に届けられた。それは、公爵の飽くなき野心と、科学に対する軽蔑を如実に示すものだった。
「公爵様は、これまでの進捗に大変ご不満です。そこで、今日からこの研究に、公爵家専属の魔道士であるセバスチャン様が加わることになりました」
オスカーがそう告げると、その後ろから一人の男が進み出た。彼は、細身で長身。どこか陰鬱な雰囲気をまとい、その鋭い眼差しは、獲物を狙う鷹のように、ロッシュ先生たちを射抜いていた。彼の全身からは、微弱ながらも確かな魔力の波動が感じられた。それは、エメリアの**『改造』スキル』**とは全く異なる、この世界の異能の力だった。
「魔法で、この研究を進めろと?」
ロッシュ先生が、疑わしげな表情で尋ねた。
「ええ。科学という不確かな力よりも、確固たる魔法の力の方が、この研究には必要不可欠だというのが公爵様のご見解です」
セバスチャンは、何も語らない。ただ、無言で実験器具や資料を検分していた。彼の指先からは、わずかに魔力が感じられる。
その日の夜、エメリアはロッシュ先生からの手紙を受け取った。そこには、セバスチャンという魔道士の登場と、彼が放つ異質な魔力についての詳細が記されていた。
(魔力……! 私の**『改造』スキル』**と、この世界の異能が、初めて直接向き合うことになるかもしれない……)
エメリアは、手紙を握りしめ、背筋が凍るのを感じた。公爵の真の狙いは、単なる研究の妨害ではない。彼女たちの研究を、自らの支配下に置き、科学の力を魔法の力に従属させようとしているのだ。もし、セバスチャンが**『バクテリウム』**と輝く粒子の研究を魔法で成功させてしまったら、これまでの努力が水の泡になる。
そして、何よりも彼女が恐れていたのは、セバスチャンが、自分の持つ**『改造』スキル』**の存在に気づいてしまうことだった。もし、彼女の能力が魔道士である彼にばれてしまったら、一体どうなるのか。公爵様は、科学の力を軽んじている。ならば、異質な力を持つ自分は、彼の目にはどう映るのだろうか。利用されるのか、それとも……。
(何か手を打たないと……! でも、どうやって?)
エメリアは、この状況に焦りを感じていた。セバスチャンという新たな脅威を前に、彼女は、これまで以上に慎重に行動しなければならないことを悟った。公爵の策略は、彼女の想像以上に、巧妙で、そして危険なものだった。彼女の孤独な戦いは、新たな局面へと突入する。