第108話.公爵の怒りと、新たな命令
公爵邸の書斎は、凍り付くような静寂に包まれていた。アルカディアス公爵は、オスカーとセバスチャンからの報告書を読み終え、怒りを通り越して、信じられないといった表情で書類を見つめていた。
「魔力が、無効化されるだと?」
公爵は、低い声でそう呟いた。彼の前には、顔面蒼白のオスカーと、屈辱に顔を歪ませるセバスチャンが控えている。
「はい、公爵様。私の魔力は、あの土に触れた途端に、まるで闇に飲まれるかのように消え去りました。これほどの魔力無効化の現象は、古の文献にも記されていません……」
セバスチャンは、魔道士としてのプライドを粉々に打ち砕かれたような口調で報告した。彼の言葉は、公爵の心を深く抉った。公爵は、科学という不確かな力よりも、確固たる魔法の力を信じていたからだ。
「馬鹿な……! 我々が雇っている最高の魔道士が、平民が作った土ごときに、手も足も出ないだと!?」
公爵は、怒りに任せて卓上の書類を床に叩きつけた。彼の頭の中では、これまでの策略が、まるで砂上の楼閣のように崩れ去っていく。
「レナード伯爵め……。あの男は、最初からこのことを知っていたのか? いや、そんなはずはない。彼に、この技術があるはずがない……」
公爵は、独り言のように呟きながら、激しく思考を巡らせた。彼の疑念は、ロッシュ先生たちを飛び越え、レナード伯爵へと向かっていた。
「オスカー! その魔力を無効化する土を、すぐにこちらへ持ってこさせろ! 我々が、その構造を徹底的に分析する。そして、その技術の秘密を暴き出すのだ」
「しかし公爵様、それでは、彼らの研究を公爵家が横取りしようとしていることが、公になってしまいます。レナード伯爵が、このことを王に訴え出れば……」
オスカーは、公爵の命令に顔色を変えて反論した。
「構わん! 今さら体裁など気にしてはいられるか! ぐずぐずしている間に、レナードのあの男が、あの研究を完成させてしまうかもしれんのだ!」
公爵の言葉には、焦りと、追い詰められた者の狂気が宿っていた。
「そして、セバスチャン。お前には、その研究室の全ての物を、一つ残らず調査させろ。あの魔力を無効化する土には、何かしらの手がかりがあるはずだ。その正体を突き止め、魔道士としての威信を取り戻せ」
「は、はい! 公爵様!」
セバスチャンは、公爵の命令に、これまでの屈辱を晴らすべく、力強く頷いた。
公爵の怒りは、エメリアたちの研究に、さらに危険な影を落とすことになった。彼は、もはや手段を選ばない。そして、彼らが真の目的である**『バクテリウム』と輝く粒子の研究から逸れて、エメリアが改造**した土の秘密を暴こうとしていることは、彼女たちに一時的な猶予を与えることにはなるが、同時に、彼女たちの存在そのものが、公爵の最大の標的になったことを意味していた。