第162話.地下水路の決戦と、新たな影

エメリアは、ロッシュ先生から託された希望を胸に、王都の地下水路へと向かった。彼女の背後には、ディランが選抜した**『青の騎士団』**の精鋭の一人が控えていた。魔力災害が蔓延る危険な場所へ、エメリア一人で行かせるわけにはいかないと、ディランが護衛を残してくれていたのだ。

「子爵様、くれぐれもご無理をなされませんよう。私が全力でお守りいたします」

騎士が、そう言ってエメリアに深々と頭を下げた。

「ありがとう。でも、この魔力災害は魔法陣の暴走が原因です。下手に攻撃すると、事態が悪化する可能性があります。危険を避けるため、私の周囲を警戒し、万が一の事態に備えていてください」

エメリアは、騎士に指示を与え、地下水路へと続く階段を下りた。そこは、どす黒い魔力が渦巻き、異様な空気に満ちた空間になっていた。腐敗した水が流れ、不気味な音がこだまする。エメリアが知る地下水路とは、似ても似つかない、地獄のような光景だった。

「すごい魔力だわ……。このままでは、本当に王都が飲み込まれてしまう」

エメリアは、自身のスキル**『詳細解析(アナライズ)』を使い、暴走した魔法陣の構造を解析した。その魔法陣は、ロッシュ先生が作ったものを、何者かが悪意をもって『改造』**し、魔力を無限に放出するように仕組まれていた。それは、ただの暴走ではなく、意図的に仕組まれた、悪質な破壊の魔法陣だった。

「これは……!このままでは、対処のしようがない」

エメリアは、解析結果を見て、焦りを覚えた。暴走した魔法陣は、あまりにも複雑で、破壊することも、制御することも困難だった。無理に手を加えれば、さらなる大爆発を引き起こす可能性さえある。

その時、エメリアの頭の中に、新たな**『閃き』が生まれた。それは、彼女の『洞察(インサイト)』**が導き出した、唯一の解決策だった。

(この魔法陣を直接制御することはできなくても、この魔法陣に対応する、逆の働きをする魔法陣を作れば……!)

エメリアは、そう**『閃き』、すぐに『魔法改造』**のスキルを使い、新しい魔法陣の構築を始めた。それは、暴走した魔法陣から放出される魔力を吸収し、制御するための、複雑な構造を持つ魔法陣だった。魔法陣の設計図が頭の中に鮮明に浮かび上がる。そこには、暴走した魔法陣の構造と、それを打ち消すための緻密な回路が描かれていた。

「頼む……!間に合って!」

エメリアは、全神経を集中させ、魔法陣を構築していく。彼女の指先から放たれるマナが、地下水路の壁に、幾何学模様を描き出していく。その作業は、まるで命を吹き込むかのように、一筆一筆に魂が込められていた。

エメリアが作り出した魔法陣が完成し、最後の呪文を唱えると、彼女が作り出した魔法陣が、暴走した魔法陣から放出される魔力を、凄まじい勢いで吸収し始めた。二つの魔法陣が激しく干渉し合い、空間が歪むような感覚がエメリアを襲う。

「成功した……!」

エメリアは、安堵の息を漏らした。地下水路に渦巻いていた黒い魔力が、徐々に収束していく。そして、暴走した魔法陣は、静かにその輝きを失っていった。

魔力災害は収束し、王都に平和が戻ってきた。エメリアは、疲労困憊の表情で、地下水路の壁に寄りかかった。その時、背後から一人の老いた男の声が聞こえてきた。

「見事だ……。まさか、暴走した魔法陣を、別の魔法陣で制御するとは……」

エメリアが振り返ると、そこに立っていたのは、一人の老いた魔道士だった。彼の顔には、かつてロッシュ先生アルカディアス公爵の不正を暴いた時に目にした、貴族派の紋章が刻まれていた。その瞳には、エメリアの才能に対する、深い驚きと畏敬の念が宿っていたが、同時に底知れぬ悪意も感じられた。

「貴方は……!」

「私の名はバルド。貴族派の者だ。貴方の才能には、驚かされたよ。しかし、貴方の**『閃き』**は、我々の理想には邪魔な存在だ……。そして、貴方の護衛も、今は私の相手をしている」

男は、そう言ってエメリアに迫った。疲労困憊のエメリアは、応戦する力も残っていない。地下水路の奥からは、騎士の剣戟の音と、何かが砕けるような音が聞こえてくる。王都を救ったエメリアの功績は、再び王都中に広まったが、同時に新たな敵の存在を彼女に知らしめた。そして、彼女の**『閃き』**は、この国の未来を、さらに大きく変えていくことになる。