第179話.愚者の嘲笑と、静かなる要塞

エメリアは、迫りくるクルダン帝国の軍勢を前に、籠城することを決意した。圧倒的な兵力差を考えれば、平野での会戦は無謀に等しい。彼女が作り上げた都市の防衛システムこそが、この戦いを勝利に導く唯一の鍵だった。

「子爵様、このままでは、帝国軍を迎え撃つことになります。我々の兵力で、野戦に打って出るべきではありませんか?」

ディランは、武人としての誇りから、正面から戦うことを望んでいた。

「いえ、ディランさん。相手は、我々の何倍もの兵力を持っています。この街を出れば、それはただの消耗戦です。この街の防衛設備を最大限に活用して、相手の力を削ぐのが、最善の策です」

エメリアは、ディランの目をまっすぐに見つめ、冷静に言い聞かせた。

「しかし、敵は我々が臆病風に吹かれたと、嘲笑するでしょう」

「ええ。それでいいのです。彼らの驕りが、我々を勝利に導くでしょう。彼らが嘲笑すればするほど、我々の勝算は高まります」

エメリアは、そう言って、静かに微笑んだ。

その頃、クルダン帝国の大軍は、エメリアの都市が見える丘の上まで近づいていた。帝国の将軍ザインは、双眼鏡で都市の様子を観察し、あざ笑うかのように口角を上げた。

「なんだ、あの街は……。木製の塀で囲まれているではないか」

ザインの言葉に、副官が頷いた。

「どうやら、あの街の領主は、我々の武力を恐れて、野戦に打って出る勇気もないようですな。木の塀で籠城とは、笑止千万!」

帝国軍の兵士たちも、口々に嘲笑の言葉を浴びせた。彼らの目には、エメリアの都市は、まるで獲物を待つライオンの前に立つ、子羊のように見えていた。

「よし、全軍に告げよ!魔法の射程まで近づき、一斉にすべての魔法攻撃を叩き込め!あの貧相な木の塀なぞ、一瞬で粉砕してやる!」

ザインの号令が響き渡り、帝国軍の魔道士たちが、一斉に魔力を解放した。彼らが放った魔法は、巨大な火球となり、鋭い氷の槍となり、エメリアの都市へと向かって飛んでいく。

その様子を、城壁の上から見ていたディランは、緊張した面持ちでエメリアに言った。

「子爵様……!敵の攻撃が、来ます!」

しかし、エメリアは、静かに目を閉じていた。彼女の表情には、微塵の不安もなかった。

「大丈夫です、ディランさん。この街は、私たちが思うよりもずっと、頑丈ですから」

エメリアの言葉を合図に、都市全体を覆う巨大な**『防御魔法陣』**が、静かにその輝きを増していった。そして、クルダン帝国の魔法攻撃は、その魔法陣に吸い込まれるように、すべて消滅していった。

帝国軍は、自分たちの放った魔法が、何の抵抗もなく消滅していく光景を目の当たりにし、困惑の表情を浮かべた。彼らの傲慢な嘲笑は、一瞬にして、静寂へと変わっていった。