旧 芹沢鴨の異世界日記 第1話
俺は、芹沢鴨だ。
新撰組局長、芹沢鴨。
そう、土方歳三や山南敬助、あの近藤勇にすら一目置かれる、真の剣客。そして、彼らがひどく恐れる、暴虐の権化。それが、この俺だ。
あの夜、壬生屋敷の八木邸。
土方や山南の奴らが、俺を襲った。あの場で、俺の女であるお梅は、卑怯にも逃げた。女のくせに、俺に最後まで付き添うことができねぇ、薄情な女だ。俺は、笑った。
所詮、女もこの程度か。
そんなことを考えているうちに、俺の身体は切り刻まれ、意識が遠のいた。
ああ、俺も、ここまでか。
血が流れ、身体が冷えていく。新撰組を立ち上げたのは、俺だ。それなのに、こんな幕引きか。近藤勇め、いつか俺の真の力を目にすることになるだろう。
そんな、恨み言を心の中で唱えながら、俺は、死んだ。
はずだった。
目を開けると、そこは、全く知らない場所だった。
「ここは…」
俺の目の前には、見慣れない木々がうっそうと生い茂っていた。木々の葉は、なぜか金色に輝いている。空は、今まで見たことのないほど、青く澄み切っていた。俺の身体には、見慣れない服がまとわれている。
「これは…」
俺の身体は、死ぬ前の身体に戻っていた。いや、それどころか、死ぬ前よりも、身体が軽い。これは、一体どういうことだ。
「まさか、夢か?」
俺は、自分の頬を強く叩いた。
「痛っ!」
頬が赤く腫れ上がり、鈍い痛みが走る。これは、夢ではない。
では、一体、ここはどこだ。
あの夜、確かに俺は、土方歳三たちに殺された。あの近藤勇が、俺を妬んだから、こうなったのだ。
「クソッ、近藤の奴、絶対に許さん」
俺は、思わず声を荒げた。
その時、
「グルルルル…」
俺の背後から、不気味な声が聞こえてきた。俺は、咄嗟に振り返る。
「なんだ、テメェは」
そこにいたのは、今まで見たこともない、異形の獣だった。
狼のような姿をしているが、身体は鉄でできているかのように、ギラギラと光っている。目は、血のように赤く光り、口からは、鋭い牙が覗いている。
「グルルルル…」
獣は、俺を睨みつけ、威嚇するように低い唸り声をあげた。
「ふん、この俺を前に、威嚇するか」
俺は、笑った。
「面白い。腕試しには、ちょうどいい」
俺は、腰に差していた愛刀に手をかけた。だが、そこには、いつもの愛刀はなかった。
「なっ…」
俺の腰にあるのは、今まで見たこともない、粗末な木刀だった。
「なんだ、これは。俺の愛刀は、どこにいった」
俺は、狼狽した。
その隙を見逃さず、獣は、俺に襲いかかってきた。
「クソッ!」
俺は、とっさに、手にある木刀を構える。
「北辰一刀流…」
俺は、北辰一刀流の免許皆伝。剣術の腕なら、誰にも負けない。木刀だろうと、この俺の敵ではない。
獣は、俺の懐に飛び込んできた。そのスピードは、まるで、風のようだ。
「遅い!」
俺は、木刀を振り下ろした。だが、獣は、それを紙一重でかわす。そして、俺の腕に、鋭い爪を立てた。
「ガッ…」
鋭い痛みが走り、俺の腕から、血が滴り落ちる。
「この、化け物が…」
俺は、驚愕した。
この獣は、俺の知っている獣とは、全く違う。まるで、人間のように、俺の攻撃を読んで、避けている。
「グルルルル…」
獣は、再び唸り声をあげ、俺に飛びかかってきた。
今度は、頭上からだ。
「くそっ、今度こそ…」
俺は、上段に構え、木刀を振りかぶった。獣の攻撃を、真っ向から受け止める。
「ガキンッ!」
鈍い音が響き渡り、俺の手から、木刀が弾き飛ばされた。
「なっ…」
俺の腕は、痺れていた。獣の攻撃は、あまりにも重すぎた。
「グルルルル…」
獣は、再び俺に襲いかかる。
「くそっ…」
もう、俺には、何も残っていない。
このまま、この異世界の化け物に、殺されるのか。
いや、新撰組局長、芹沢鴨が、こんなところで、野垂れ死にできるか。
俺は、最後の力を振り絞り、獣の腹に、拳を叩き込んだ。
「グォッ!」
獣は、一瞬怯んだ。
その隙に、俺は、獣から距離を取る。
「ハァ…ハァ…」
俺の身体は、もう限界だった。腕は痺れ、腹には獣の爪痕が深く刻まれている。
その時、俺の頭の中に、今まで聞いたこともない声が響いた。
《スキル作成》
俺は、驚いて、自分の頭の中を覗き込む。
そこには、俺の知っている日本語とは、全く違う文字が並んでいた。
「なんだ、これは…」
俺が混乱していると、獣が再び、俺に向かって、飛びかかってきた。
「クソッ!」
もう、逃げ場はない。
俺は、死を覚悟した。
その時、再び、頭の中に声が響いた。
《スキル作成》
俺は、思わず、頭の中にある、その文字を唱えた。
「スキル…作成…」
すると、俺の身体から、何かが溢れ出すのを感じた。
「な、なんだ…この力は…」
俺の身体から、何かが溢れ出し、それが、獣に向かって、勢いよく飛び出していく。
「グォォォォ!」
獣は、その力に、真っ向からぶつかり、消滅した。
「は、ははは…」
俺は、その場にへたり込んだ。
「なんだ、今の力は…」
俺は、自分の身体を、もう一度、見つめ直す。
すると、俺の頭の中に、再び声が響いた。
《スキル作成》…レベル1…
「レベル…?」
俺は、混乱した。
一体、ここはどこなんだ。そして、俺に何が起こっているんだ。
俺は、新撰組局長、芹沢鴨。
だが、今の俺は、刀もない、ただの男。
この異世界で、俺は、一体、どう生きていけばいいんだ。
俺は、空を見上げ、深く、ため息をついた。